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名補佐役

 名だたる大企業には、カリスマ性に富んだ創業者が多い。しかしその創業者だけで会社が発展したのではない。名補佐役というか優れた事務方の人がいてこれを支えて事業が成功し継続している。今をときめくH自動車の例がよく語られている。
 創業者一人が一代で巨大会社を作りえても、結局は駄目になる例として先日民事再生法の適用となったスーパーマーケットがある。

 いかなる天才といえども、個人の力には限界があるようだ。弘法大師空海は真言宗を開いた。我が家も檀家となっているその宗派のお寺は、全国の末寺が三千もあるという。さすがお大師様の偉業だと思うのだが、そうではないのだという。
 空海は末寺を作ることなどには何の関心もなかったのだという。いわれてみればその通りなのだろう。少し後の時代に出た、興教大師というかたが現在の基盤を作ったのだという。この人がいなければ、おそらくは高野山の片隅で真言密教として細々と息をつないでいた程度であろうといわれている。

 豊臣秀吉も弟の秀長が名補佐役だったといわれている。弟なくしては関白もなかっただろうということだ。だが弟の秀長が早くに亡くなったので豊臣家は滅亡してしまったともいわれているくらいだ。

 ひるがえって我々凡人は、、補佐役というか内助がなければ存在することそのものが危ういのである。一人では何も出来ないことを思い知ることがある。
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by watari41 | 2004-11-29 07:43 | Comments(0)

100円ショップ

 この半世紀、1ドル、360円の時代から80円台まで、様々な場面を経験した。為替相場は日本経済を左右する。と同時に一企業の命運をも支配する。
 在職当時は会社の作る製品価格が、外国の同業者のものに比べてどんな具合なのか、大きな関心事だった。ところがドル換算をするといろんな場面で妙に外国製品と一致するのである。不思議な感じをもったことがあった。原料を海外から輸入していたので、そんなことも大きな要因だったのかもしれないが、多くの会社でそんなことを経験された方もいるのだろうと思う。

 国家による一時的な為替介入というのも何度かあったようだが、結局のところはリーゾナブルなところに落ち着いていくようだ。
 為替は国の力を現すものだという。半世紀前の英ポンドは円に対しては今の10倍以上もの価値があったようだ。為替相場は国の豊かさをも現すものだという。円が高くなれば、自動的にドル換算での国民所得は高くなる。世界で2番目になったといわれてピンとはこない。金満国家日本などといわれても、我々の生活実態は何も変らないからだ。
 しいて見つけ出すとすれば100円ショップであろうかと思う時がある。日常使うモノはほとんどそろえられる。安い買い物をしたという満足感がある。円高で安く輸入できるのがこの価格の源なのであろう。こんなことで豊かな気分というのもおかしなことだが、あとは海外旅行くらいでしか恩恵を感じるときがない。
 貧しい国々をみれば豊かであることは間違いないが、名だたる国々を差し置いて世界第二位というのはいささかこそばゆい。
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by watari41 | 2004-11-27 08:18 | Comments(2)

自然は変るもの

 松島に「仁王島」という観光スポットがある。自然の造形でよくもこんなものができたものだ。長い年月をかけて形づくられてきた。当然のことながら、時が経てばその姿を変える。
最近、仁王様の首がもげそうだというので補強工事があった。首を強化したので人間のムチウチ症みたいな姿になってしまった。昔を知るものにとっては、何ともなさけない姿だ。
 観光の目玉になるというのは、その時点で最高の形が出来たということだ。それを維持しようというのはどだい無理がある。
 しかし、観光地にとっては死活問題である。それがこんな工事になってしまう。50年以上も前に、小学校の修学旅行で松島を訪れた。その時が最もいい形をしていたのではなかったかと思う。そのイメージを全国に売り出して何千万人もの観光客を集めてきた。いまさらこれを壊すわけにはいかない。首のない仁王様ではどうのもならないからだ。観光地ならではのジレンマがあるのだろう。

 天変地異で、何もなくなる時もあれば、新たな観光地が出来ることもある。秋田県の「象潟」は、芭蕉が訪れた時は、丁度、松島のような光景だったが、地震で隆起して陸地になってしまった。青森県の千畳敷海岸は逆に地震で岩盤が隆起して名所となった。
 福島県の磐梯山もそうだ。大噴火が起きたのは、比較的近くて明治21年なのでまだ百年を少しこえた程度だ。40年前に行ったときは、その時できた五色沼は、酸性が強く魚が住めるようなものではなかったが、今やいろんな魚影を見ることができる。

 一つの自然を永久にとどめておくのは難しく、時の流れにまかせるしかないようだが、これで生計をたてている人は大変だ。
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by watari41 | 2004-11-25 09:29 | Comments(0)

災害列島

 新潟県中越地震の惨状は目を覆うばかりだ。今日は発生から1ケ月目である。被災者の辛苦は筆舌につくせないことだと思う。
 地震の直前に、その近くを走る長岡断層の長期予測が出ていた。30年で2%の発生確率、300年で40%とあった。地震予測は現代科学では、まだまだ困難なようだ。日本列島には断層がそれこそ無数にある。
 わが町の下にも双葉断層というのが、福島県から北に伸びてきている。その活動が明日なのか千年後なのか、わからないところがいやなことだ。地震は怖い。震度3くらいまでは耐えられるが、4になるともうどうしようもなくふるえてしまう。「地震、雷・・」と言われる如くである。

 昔の人も同じ思いだったのだろう。鴨長明の方丈記にすばらしい表現がある。
 「そのさま、世の常ならず、山は崩れて河は埋み、海は傾きて陸地を浸せり、土裂けて水湧き出で、岩割れて谷に転び入る。走り出づれば、地割れ裂く。羽なくれば空をも飛ぶべからず。竜ならばや雲にも乗らむ。恐れの中に恐るばかりけるはただ地震なり」

 私は、仙台の会社で宮城沖地震を経験した。机の下にもぐりこみ、右往左往した。その恐怖は大変なものだった。向こう30年で、この地震の発生確率は99%だという。こればかりは外れることをただただ願っている。
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by watari41 | 2004-11-23 09:36 | Comments(0)

歴史ロマン

 源義経は平泉では死ななかった。生きのびて大陸に渡ってジンギスカンとなった。この話には、子供の頃から大いなる歴史ロマンを感じていた。これにまつわる本はほとんど読んだ。歴史的事実は平泉で死んだのだといわれても、納得しがたいところがあった。判官びいきから、さらに飛躍した歴史ロマンそのものである。

 モンゴルの、のどかな遊牧民族が突如として強力な武装集団になってしまうには、義経登場のような何らかのきっかけが必要だったと思うのだ。岩手県から青森、北海道にかけて、義経の逃走足跡といわれる伝説が各地に残っている。いろんな作家が、この話に挑戦して様々な説を述べている。推理作家高木彬光さんの「成吉思汗の秘密」を暗記できるほどに読んだのはもう何十年も前のことだ。最後の一節が記憶に残る。名前に秘密があるというのだ。「汗」は大王という意味で、汗に「成」って、「吉」は静御前と別れた吉野を「思」うと解釈していた。

 この種の本が発刊されるとすぐに買ってしまう。何も新しい事実は書いてないのだがついつい読んでしまう。ジンギスカンの墓は、八百年もずっと謎だったが、最近それらしきものが発見され発掘されるのも近いことだという。どんな事実が出てくるのか興味深々である。

 2005年のNHK大河ドラマにも再度登場するが、源義経は全国区であると同時に東北に住む私としては更なる親しみを感じている。
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by watari41 | 2004-11-21 10:31 | Comments(3)

ものの見方

 品質管理で高名な方の講演を聴いたことがある。ものの見方には3つの段階があるのだという。「眺める」「見る」「睨む」という順である。ただ単に眺めているだけでは何事も見えないいう。フシアナであると。
 全神経を集中して睨みつけて、はじめてものの本質がわかってくるのだというのである。けだし、名言だと思ったものである。何十年も前に聞いたことだが記憶に残る話である。

 日常、漠然と眺めていることはあまりにも多い。問題意識を持っていないと見過ごしてしまう事柄が多々あるようだ。成功した方々の事例で、ちょっとしたことからヒントを得ている人も多いようだ。分析力があるとか、ないとかもこんなところからきているのであろう。

 同じものを見ても、人それぞれに感じ方や理解のしかたが違う。思想・信条がバックグラウンドにあって偏見的な見方をされる場合もある。
 個人的な好き嫌いが、まず初めにありきというようなこともあり、公平なものの見方がそこなわれる時もある。先入観念が邪魔をする場合もある。
 そんなことは人間だから仕方がないといってしまえばそれまでであるが、物事の本質に迫っていくのは誰しも案外に難しいものだ。
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by watari41 | 2004-11-19 08:42 | Comments(0)

土地の生産性

 田んぼで普通に米を作ると千㎡(一反歩)から得られる収入は年間で十万円足らずである。苺とか高級な果物を栽培すると、同じ面積での収入は一桁上がる。これが工場用地と化すと、その土地の生産性は桁違いに高くなる。
 稲作だけだと、一家を養うのに数万㎡もの農地が必要だ。工場がくるとそれだけの敷地があれば、すごい人数が食べていける。工場誘致が競われる時代があった。今も農村地帯では工場のくることを望まれているのだが、中国などへシフトしてしまっている。

 農業しかない江戸時代は、人口の上限が3千万人であった。肥沃な土地をもったところが豊かだった。しかし今や機械化の時代で米の生産量は何倍にも増えたが、それに従事する人は何十分の一にも減少している。米や農地の価格も下がり続けている。
 農業後継者がいなくなってしまうと、より機械化農業のやりやすい一区画で一万㎡の大農地とする工事が、わが町でも始まっている。その工事費用は土地の価格を上回る金額がかかる。しかし工事完了後の農地価格は一円も上がらないそうだ。経済原理からすると非常におかしなお金の使い方である。だが、万一の場合の食料安保という考え方が、そのおかしな工事支出を正当化しているのである。

 米を作り続けていると、米価は下がる一方なので土地の生産牲もどんどん下がっていくという、おかしなことになっている。だが農業は守らなければならないと政府はいう。米価にはその価格にプラスして、税金からの支出もある。農業に関しては、いろんなジレンマがあるが、あくまでも保護しつづけるのは日本の成り立ちである農耕民族の末裔であるからだろうか。
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by watari41 | 2004-11-17 15:18 | Comments(2)

磁気と紙幣

 新しい紙幣が出回りはじめた。野口英世の千円札で切符を購入しようとしたらJRの自動券売機にはねつけられた。半分ほどの機械はまだ新札に対応してしない。

 かつて、お札を使える自動販売機や銀行のキャッシュコーナーが出たころのことを思いだした。お札のごくわずかの磁気を検出して何の札かを認識するのである。印刷塗料に含まれているわずかな鉄分の磁気を区分するのだ。初期の頃はかなり大掛かりな装置だった。誤作動を起こしてはいけないと、外部からの余分な磁気をシャットアウトすようなことを頼まれたりした。

 切符や定期券の裏側をみると、いかにも磁気情報を記録してますというように真っ黒になっている。昔は馬券などもそうだった。今はどうなのだろうか。ここ十年以上も馬とは縁が遠くなってしまった。

 歴史的にみると、磁気は電子的に情報を記録する場合に最初に登場するものだ。フロッピーデイスク、磁気テープなどである。それ以前は、単なる紙のテープに穴を開けてデータを書き込んだものだった。初期の自動機械はこのテープの穴によって動かされた。NC(ナンバーコントロール)マシンの原型である。何十年も昔のことだ。

 磁気の次の記録方式は、光そしてICチップなどである。非接触でデーターを読み取ってしまう。だが磁気記録はまだまだ捨てられてはいない。使い勝手がいいこともある。
高速道路カードとか、パチンコカードなどだが、偽造に弱いところがある。そのため高額カードは姿を消した。新しいお札の検出方法はどんな方式になっているのであろうか。オールドエンジニアとしては、少なからぬ興味を抱いている。
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by watari41 | 2004-11-15 08:38 | Comments(0)

化学技術者

 多賀城にある大手メーカーの人事部長から面白い話を聞いたことがあった。30年ほど前のことだ。製造技術を高めるためにそれまで採用していなかった「化学技術者」を大量採用したことがあったという。その時の経験談である。
 それまでの主力であった電気・機械系技術者たちと比べると、違う人種のように感じたというのである。唯我独尊というか、個人的な行動が非常に多いのだという。
 製品が得意先からクレームがつくと、第一報を受けて従来の技術者はまず何が原因かを考え、対策まで検討しているころに、事故をおこした現物が到着する具合だったという。ところが化学技術者は、第一報にそんなはずはないとつっぱねてしまうのだということだ。その現品が到着しても、相手の使い方が悪かったのではないのかと考えてしまうという。つまり、こちらが悪いとはなかなか認めようとしないのだというのだ。
 それに加えて団体行動が苦手なのだという。そういった習性を矯正しようとして、地元の祭りに共同参加させたり大変な苦労をしたというのだ。

 私は何も化学技術者をなじったりするつもりではなくて、聞いたままのことを記したのである。教育の一つの成果なのであろうと思ったのである。私は化学は苦手なのだが、決められた法則に則って化学反応が起こるので、それが決まった通りに起きないのは何かの間違いがあるのだと考えるのだろう。
 これは私の勝手な解釈で化学専門家が聞いたら怒られそうだが、そんな感じをもっていた。だがこれは昔のことで、現在の化学技術者はこうではないのだろうと思う。だが、その人が受けた教育によって考え方や行動が左右されるのは確かなことだ。
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by watari41 | 2004-11-14 11:03 | Comments(0)

名文

 私のブログも百回を迎えることになりました。何か気のきいたことをかいてみようと頭を捻ったのですが、古今の名文が浮かんでくるばかりです。
 「月日は百代の過客にして・・」(芭蕉)、「小諸なる古城のほとり・・」(藤村)、{春はあけぼの・・」(清少納言)、書き始めるときりがなくなってしまう。いずれも何と素晴らしい音韻かと思う。琵琶の音と共に語られた「祇園精舎の鐘の音・・」など、日本語の精髄ここにありというような気がする。
 翻訳ものでも「秋の日のヴェオロンの身にしみてひたぶるにうら悲し・・」、「都に雨の降るごとくわが心にも雨が降る・・」、訳文が原文以上の感じをだしているのではないのかと思う。
 リズム感があるので、いつまでも記憶に残るのだろう。外国でも似たようなことがあるのだろうと思う。李白・杜甫などの漢詩も我々は、同じ漢字文化圏の人間としてある程度は理解できるが、そこで生まれ育った人でないとわからないところもあると考える。
 シェークスピアやゲーテの有名な一節も、イギリス人やドイツ人は、日本人とは違った感覚で捉えているのだろう。

 これらの名文も作者が思いつくままに簡単に作られたものではないようだ。芭蕉の「奥の細道」の原稿が先年発見されたが、推敲に推敲を重ねた跡がみられるという。天才的文人がよりすぐった結果を現代に残してくれている。
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by watari41 | 2004-11-12 09:40 | Comments(0)