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環境破壊

 人間の安全と利便性を追究する行為が環境破壊につながるという。身近な自然にもそれがあった。
 私の住む仙台平野南部の成り立ちについての講演を聞いた。東北大で綿密なボーリング調査を行った分析報告である。住み良い所で肥沃な平野と思っていたこのあたりは、この5千年ほどの河川の氾濫と海岸線拡張の結果だという。川から海に流れ出た土砂は、再び波に運ばれ海岸に戻り砂浜が少しづつ伸びていったということだ。毎年数百万トンの土砂が上流から運ばれ、海岸線は年に1mづつ拡大していたのだという。5千年の集積は海岸沿いに伸びる幅が5kmほどの平野となった。

 だが、この半世紀、コンクリートの材料として中流の砂利が何十万トンも採取され、ダムがつくられ、土砂を食い止める砂防ダムが各地で作られたために洪水はなくなったが、海に流れ出る土砂がほとんどなくなってしまった。供給が止まったかわりに今度は逆に海水による砂浜の侵食がでてきた。これを防せごうと海岸沿いに長大なコンクリートの防潮壁が築かれ、多数のテトラポットが設置された。その為にまた膨大な砂利を採取している。イタチゴッコである。
 ダムも一概に不要とはいえず、水道水はこれに頼っているのである。人間の生活と環境の保全という悩ましいことの一例である。
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by watari41 | 2004-09-29 22:45 | Comments(0)

 元旦の新聞に「夢」が載っている時代があった。30年前ぐらいだろうか。新幹線待望の時代に、大きなイラストと共に、仙台を出て一時間40分もう東京であるとか。今や当たり前なのだが、当時はワクワクしながら読んだものだった。
 この他に、雲を突き抜ける超高層ビルや宇宙旅行だとか新産業都市とか実現出来たもの、夢でしかなかったものなど、いろんなものがあった。
 だが、ここ数年は記憶に残る記事がない。夢を載せてはいるのだろうが、夢と感じられなくなっている。

 時代背景もあるのだろうが、生活の不便さから将来に対しての希望があったときに、夢を持つことができたのだろうと思う。物質的には充足できる時代になった。従って物に対する夢を語れなくなってきたのであろう。
 新3種の神器も、白黒テレビが見られるようになった時のような驚きはない。デジタル化は革命的な技術革新なのだが、当たり前のことのように見てしまいがちだ。同様に夢の新素材などとして、いろんなものが提供されているが、戦後に水の漏れない布であるナイロンを手にした時のような衝撃はない。

 この半世紀、世の中は大きく進歩した。日本には何でもある時代になった。行きたいところにもいけるようになった。現在、、見るとすればどんな夢なのだろうか。野球の誘致も一つの夢なのだろうが、エンターティメントや物ではなくて、「ココロ」に関することではなかろうか。未来への希望を語ることではないのかと思う。しかし案外とこれは難しいことだ。
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by watari41 | 2004-09-27 16:23 | Comments(2)

右脳と左脳

 文科系と理数科系の人では、脳の使う位置が異なるといわれている。右脳と左脳のことである。私は子供の頃から図画、音楽などを苦手としていた。右脳が弱かったといいうことである。苦手なものは、やらないから益々駄目になってしまう。何をやるにしても実際に動かすのは手足と指、口などであるが、脳からの指令がなければ動かない。
 21世紀の課題は脳の解明であるという。現在でもある程度の動きはつかめてきているようだ。右脳と左脳の働きは1981年に発表され、ノーベル賞を得ている。それぞれの脳をどう鍛えればよいのかなどをの研究も進んでいるようだがまだ大まかなことのようだ。脳の詳細はどんなことなのか解明されたら面白いとことだろうと思う。
 天才的な芸術家・科学者、囲碁・将棋の名人、小説家、暗算などで特異な能力を発揮する人など、これらの人たちの脳の中味は何であろうか。同じ脳でも人によって何万倍も働きに違いがあるようだ。

 我々凡人も苦手とはしていても訓練の仕方では、あるところまでは到達できるようだ。囲碁将棋も初段くらいにはなれるが大変な努力を要する。天分に恵まれた人はそれをまたたくまにやってしまうようだ。それには脳のどの部分が関係しているのか、どういう仕組みなのか興味つきないことである。普通の人は、脳細胞のごく一部しか使わずに一生を終えるともいわれる。すべてを使えれば誰でもが天才になれるのだろうか。素人は勝手なことを考えてしまう。どんなことがわかってくるのか今後の楽しみである。
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by watari41 | 2004-09-25 15:15 | Comments(3)

市場規模

 物を作るにしても、何か商売をやるにしても市場規模がどれだけあるかがポイントになる。市場は大きくなったり、縮んだりする。絶えず変化している。新たに市場ができる場合もある。在職時に、いくらかマーケッティングにたずさわったことがあったので、こんな話題が出てくると興味をそそられる。
 仙台市をプロ野球の本拠地にしたいという会社が2つ現われた。これは人口規模からして、成功する可能性が高いと判断したのだろう。現在は何もないが市場の潜在的価値の高いものを、ポテンシャルが大きいなどと評して、やり方次第では、大きなマーケットを創出できるのである。
 サッカーがその好例である。Jリーグができるころは、そのファンは限られたものでとて成功するとは思えなかったが、巧妙な仕掛けがうまくいったのでしょう。地方都市にもしっかりと根付き立派な市場が開拓されました。

 ひるがえって、プロ野球はどうでしょうか。これだけの国民的人気がありながらも市場に背を向けてきたために、最悪の縮小均衡策に走らざるを得なくなったのです。人気にアグラを
かいた球団の、アコギな有名選手集めがヒンシュクをかって市場全体を大切にするという気持がどこかにいってしまったようです。
 一球団の大赤字が事の発端ですが、市場が縮みつつあったのが背景です。しかし、まだまだ手遅れでないのはいうまでもありません改めての市場拡大に向うことを期待して、更なる面白い試合をみたいものです。
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by watari41 | 2004-09-23 10:06 | Comments(3)

太陽の恵み

 地球は太陽エネルギーのわずか23億分の一を受けているだけである。太陽への距離と、地球の大きさから、電卓をたたけば誰にでも簡単に計算ができる。太陽からみれば、この極微なエネルギーが地球の全生命を支配しているのである。
 人類の営み、動植物の活動も太陽の恵みである。地球生命の源である光合成で酸素が生成され、この時にできる植物の糖分は昆虫のえさとなって、自然界は循環する。地球の進化にも太陽は関係していたようだ。太古の原始大気は二酸化炭素の多い環境だったが、光合成で現在のような空気になったという。
 気象もそうである。人間からみると猛威をふるう台風のエネルギーは桁外れに大きいが、太陽からみたら、極々ささやかなものでしかない。

 こんな寓話がある。太陽と月でどちらがよいかと聞かれた昔の人が月の方が良いと言ったという。何故なら月は太陽のない夜を照らすからだと。これは詩人の世界である。

 太陽エネルギーの太古からの蓄積が石油であり石炭である。現代人は単にこれを燃料とするだけではなくて、高分子化学を応用していろんなプラスチック製品などを製造している。 太陽光線の特定の波長を人工的に作り上げて病気の治療に使うことなども進められている。紫外線はよくないものの、人間は長い間太陽に当たらないでいると、いろんな病気を引き起こすという。
 研究が進むと、遺伝子にも太陽が関係しているのではないかと勝手に考えているがいろんなつながりが明らかにされるのではなかろうか。
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by watari41 | 2004-09-21 19:52 | Comments(2)

日本の行方

 この半世紀、憲法論議が大なり小なり続けられてきた。拡大解釈だとか、無視されているとかのことがいわれても、それによって国家の方向が定められてきたことはまちがいない。 明治の憲法は発布されてから60年ともたなかった。その目指すところは富国強兵であり、一時期かなりの成功をおさめたものの、その結末は悲惨なものであった。
 敗戦によって、日本は戦勝国によって奴隷なみに扱われるのではないかとか、ひどい状況におかれるのだろうと誰ものが思ったようだ。しかしそうはならなかった。米軍のやり方は想像していたものよりも、はるかにゆるやかなものだった。平和憲法をすんなりと受け入れられる状況になっていたのである。我々世代は、アメリカの民主主義はすばらしいものであるとの教育を受けた。
 戦前の日本人は、外交その他、全てを自分で考えて行動していたが、歴史的にみると軍国主義に影響されて誤った判断が多かったようである。
 現在の日本は、自主性がないとか、アメリカ一辺倒であるとかいわれているが、これは自分で判断するよりも、アメリカを見ている方が誤りが少ないということを、戦前の経験から考えてやっているのではないのかと思う。
 では、日本は何時になったら自主的な判断で動けるようになるのだろうか。保守的といわれる一部の人たちは戦前回帰を目指すような発言もしているが、大勢としてはそうはならないであろう。いずれの方向になるのか、第三の道があるのか、多くの人たちのコンセンサスを得られるような状況になるには、もう一世代後になるような気がしている。
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by watari41 | 2004-09-20 19:47 | Comments(0)

人とツキについて

 彼は「ツキにツキ」まくっているが、私は「ツキ」に見放された。こんな思いを経験した人も多いと思う。「ツキ」というのは、この世のまか不思議なことの一つである。
 墜落して全員死亡した航空機に予約していたが急用ができてキャンセルしていたとか。戦時中に何度も危機一髪のところで助かって存命している方だとか。近所にも連続して年賀ハガキに上位当選して新聞ダネになった人もいる。このように「ツキ」に恵まれた人たちがいる一方で、「ツキ」のない人もいる。
 指導者というか、指揮官にもこの「ツキ」は大事である。いくら努力しても報われないことが
ある。先ごろ東北高校野球部監督が辞任した。彼は「ツキ」に恵まれていなかったようだ。昨年から優勝するにふさわしい実力を備え、弱点をさらに鍛えて夏の大会に臨んだはずだったが、どしゃ降りの雨中で試合をやらされるとは予想もしていないことだったのではないか。これも、ついてないというより他はない。勝負には実力の他に「ツキ」があるかないかが大きな要素でもある。
 この「ツキ」を呼込むために、人は皆な神頼みする。その最も大きな行動が元朝参りではないのだろうか。年頭にほとんどの国民が、どこかの神社に出かけているのようだ。最大の人気を有するのが明治神宮で何百万人もの人出に驚いてしまう。大都会の交通の便の良さもさることながら、明治は日本にとって最も「ツキ」のあった時代だったのだと思う。列強に肩を並べるまでになった。そのトップにいた天皇を祀った神社であることが大きな要素になっているのだ思う。それにあやかろうというのが発端だったのではなかろうか。初詣に押し寄せる若者には、そんな解釈は不要だろうが、先日東京に出かけた時にそんなことを考えた。
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by watari41 | 2004-09-17 20:26 | Comments(4)

宣伝効果

 その程度のことは広告費用と思えば安いものだ。現役の頃こんなセリフをよく聞いたものだ。プロ野球など会社の宣伝費用として処理されていたものが、まかり通らなくなったのが近鉄の合併騒ぎだ。費用が効果に見合わなくなったということなのだろう。
 
 テレビコマーシャルを見て、何でこの会社が宣伝しなければならないのだろうと思ったことがある。一般消費財とはかけ離れたものを製造している会社なのだが、従業員の士気を高めるためであるという。たしかに自分の勤務する会社の広告が出ているのを見て誇らしく思う人も多いようだ。

 メディアに広告を打つだけが宣伝ではないようだ。個人所得がここ10年ずっとベストテンに名前を連ねている斉藤一人さんという方がいる。青汁など健康食品を扱っているという。昨年の推定所得は30億円とか、こんなに稼いでいるのだから、法人組織にしたら大変な節税になるはずなのに、無駄としか思えない巨額の税金を払っている。これを本人は広告料だと考えているのだという。へたな宣伝をするよりもずっと効果的だと思っているという。文芸春秋にその記事が載っていた。それもまた宣伝になるのだろう。

 インターネット企業が次々とプロ野球参入に名乗りを上げてきている。昔は電鉄会社だったものが、最近はIT企業が進出する時代となった。世の中が大きく変りつつある現象なのだろう。いずれも若いひとたちだ。それに比べてオーナー会議に出席している方々はなんと老齢の人かと思う。
 プロ野球を持ちたいと思うIT企業は、現代的なセンスに溢れているから、きっと多大な宣伝効果を得られる方策を考えているのだろう。
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by watari41 | 2004-09-15 19:22 | Comments(4)

古磁気学

 「キュリー点」の話に興味があったとのコメントをいただいた。これにまつわる記憶をもう一話掲げたい。電力会社の研究所から「0℃」のキュリー点材料を頼まれたことがあった。豪雪地帯で送電線に積もる雪を溶かして断線などを防ぐのだという。氷点下の温度になった時に、送電線に取り付けたこの材料が熱を出して、雪を溶かしてしまう考えだ。何度かの試験を重ねたが実用にはならなかった。では雪の問題をどう解決したかというと、雪が滑りやすい電線の形状にして雪の付着をなくしたのだという。電線は丸いものという固定概念を破ったもので感心したものだった。

 本題に入ろう。地球磁気の話である。現在は磁気が南北を向いているが、そうではなかった時代もある。火山の岩石の磁気を調べることでそれがわかる。溶岩が固まる時にそれに含まれる鉄分が、地球磁気の方向に磁化されるからである。高温のときには鉄分も磁気を帯びないがキュリー点以下に冷えるときに磁化される。溶岩は噴火した年代がわかるので、その磁気を測定することで、その時の地球磁気の方向もわかる。何百万年前のことまでも調べがつく。南北が逆だった時代もある。磁気が強かったり、弱かったりもあったようだ。こんな研究が古磁気学と呼ばれている。
 地球の磁気がどうようにして発生するのかは難しいことだが、急速に解明が進んできている。先日亡くなった力武常次さんという方が、謎を解くモデルを提唱した。地球が巨大な発電所のようになっているという。
 実際に地球の内部がどのようになっているのか興味のあることだ。
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by watari41 | 2004-09-10 20:48 | Comments(4)

東京の思い出(5)

 ”山より高いビル”が周囲に立ち並び、東京23区の最高峰「愛宕山」はどこにあるのかわからなくなってしまった。その昔、寛永の三馬術で名高い曲垣平九郎が石段を上下し、近代になってからは、大正末年に日本初のラジオ電波が発信されたところでもある。新橋にも近く、エレクトロ文明発祥の地ともいえそうなところのはずだ。尋ねてみると、そこはもはや放送博物館となっており、文字通り現代文明の谷間に隠れるように佇んでいる。
 これとは逆に時代の脚光を浴びはじめたところもある。”お台場”と聞くと、何かハイセンスなところを思い浮かべてしまう。しかしもともとは、幕末に異国船を打ち払うために設置した大砲の「台場」なのだという。
 東京の地名は全国区になってしまう。「銀座」がその象徴である。繁華街の代名詞となり、全国至るところに「〇〇銀座」が誕生したことがあった。歌にも謳われあこがれの場所になった。赤坂、六本木、原宿などそれぞれに独特の顔を持っていると思う。しかも絶えず変貌をとげているところが魅力でもある。
 究極には「東京」という言葉そのもに文化的なイメージをいだいてしまうというこのブログへのコメントをいただいたが、まさにその通りである。地方から「TYO」というJRの旅行企画が人気であるが、東京は全国最大の観光地でもある。
 主要な道路、鉄道が東京へと向う。田舎者にとっては、上京という言葉には特別な響きがある。参勤交代の時代から4百年間続いてきた流れである。江戸から東京へと呼び名は変ったが、日本のあらゆる中心であり続けている。今、地方の時代とはいわれているが、どのように変えられるのだろうか。東京の思い出を締めくくりたい。
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by watari41 | 2004-09-09 11:12 | Comments(2)