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囲碁と将棋(1)

 この頃では、最大の楽しみである囲碁と将棋も、覚えてからもう50年以上にもなる。だがさっぱり上達せず、いつまでたっても田舎初段程度でしかない。将棋は小学校低学年の頃に、ご近所では敵なしとなりそれ以来、しばらくは遠ざかっていた。後で考えると子供に花を持たせてくれたのだと思う。
 NHK教育、日曜日のプロ棋士の対局は、ほとんど観ている。特に将棋の終盤戦がわくわくして堪えられない。どんな推理小説よりも面白いと思う。一手一手で局面が変り、どちらが勝つかスリル満点である。
 囲碁も面白い。中国の話に、山中に迷いこんだ人が、仙人から誘われ夢中で囲碁に興じていたら、いつしか数千年の時が過ぎていたという、浦島太郎みたいな寓話もある。
 今朝の新聞に、囲碁の小林光一九段父娘による公式戦の写真入の記事が載っていた。前々から注目されていた親子である。娘の泉さんは、今や女流最強の棋士となった。この世界でも血統がものをいうのであろうか。囲碁と将棋は完全なる実力の社会である。同様に国技の相撲も実力だけがものをいう。これらは江戸時代に周到に保護されてきたので現代に至るも存続できたのだと思う。保護されたからといって、この時代の人たちが研鑽を怠ることはなかった。命を削ってまでも精進を重ねた人もいたようだ。
 我々、アマチュアは、どんなに頑張ってもたかが知れているようだ。プロの頭の中はどうなっているのかと思うときがある。趣味としてはこれほどいいものはないように思っている。ボケ防止になるだろうとの勝手な思い込みもある。
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by watari41 | 2004-07-30 14:57 | Comments(3)

経済合理性

 先日のNHK特集で、「中国に輸出されるゴミ」を見て唸ってしまった。かつて日本は遠からずしてゴミ処分場が満杯となり、どうするかが深刻な問題となるはずであった。しかしそれを中国が買い取り、あまつさえ過去のゴミも掘り起こして輸出しようというのだから驚いてしまった。中国に渡ったゴミは人海戦術でものの見事に分別され、有用な金属やプスッチクが取り出され、残ったものは土とわずかばかりの、それこそどうにもならないゴミだけである。経済的に引き合うから、ゴミを輸入するのだということである。
 20年ほど前になるだろうか、鄧小平が「社会主義市場経済」という言葉を持ち出して中国の進むべき道だと言ったことがあった。そのときは誰もが、そんな矛盾することができるはずがない、すぐに挫折するはずだと思っていたものである。しかし現状は社会主義と市場経済は両立しているのである。
 ゴミの輸入などは、経済合理性を追求した典型的な例である。国営企業だけの中国だったらとてもこんなことはできない。中国4千年の知恵を見る思いがしたものである。
 北朝鮮のことが問題になってから、その船に積まれる大量のスクラップ自転車を見てドギモを抜かれたことがあったが、これも中国に運ばれて再生されると聞いてむべなるかなと思ったものである。
 市場のグローバル化が叫ばれて久しいが、製品の市場だけではなくて、経済合理性があると、それこそあらゆる分野に広がる世界があるものだ。
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by watari41 | 2004-07-29 17:03 | Comments(2)

再び金属のこと(2)

 髭を剃る安全カミソリの替刃が、このところ寿命が短くなったように感じている。最初の切れ味はすばらしいのだが、何回か使うと切れなくなってなってしまう。昔に比べると少ない使用回数で駄目になってしまうのである。
 替刃の売り上げを増やすために、何らかの細工があるのではとつい疑ってしまう。磨耗性の悪い金属を使っているのではなかろうかと邪推している。現役時代のことを持ち出して恐縮ですが、昔はそれこそ金属の耐久性を上げることに凌ぎをけずったものです。磨耗しにくい金属にするにはどうすればよいかなどに頭を使ったものでした。
 しかし今や逆みたいなのです。こういうネガティブな研究というのは公にされることはない。どこかで密かにやられているのではと思ってしまう。
 消費を拡大することは市場経済にとって大切なことである。かつて味の素がふりかける出口の穴を大きくして需要を拡大したのは有名な話である。こういうものはアッケラカンとして後味も悪くは無い。しかし替刃のことは何とも釈然としない。
 それとも歳をとって、剃りにくい髭になってしまい、刃の磨耗が大きくなったのだろうかとも考えたりしているのだが、真実はどうなのだろうか。
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by watari41 | 2004-07-27 19:48 | Comments(3)

再び金属のこと(1)

 「錆びないステンレス」が出来たという今朝のニュースがあった。今までのステンレスは錆びにくいとはいうものの、海岸近くで使用すると錆びてくる。
 「鉄は錆びやすい」ものではあるが純度の高い鉄は錆びにくい。不純物のあるところに点状の錆びが発生して、そこから広がってくるのである。純度ファイブナインの鉄は出来ているらしい。99.999%である。これはまだ研究室の段階で実用的には、今回使用された99.995%程度らしい。これに金属クロムを入れて2トンのステンレスを作り上げたということのようだ。こういうものが出来るといろんな用途が出てくるようである。
 だいぶ前に地熱発電所で使われている金属パイプを見たことがあるが、使用後間もないのに錆びでボロボロになっていた。温泉水というのは、金属をすぐに錆びさせてしまう。地熱発電がなかなか大規模に実用化しないのはこんなところにも原因がありそうだ。
 錆びについて勉強したのはもう40年も前のことになる。ところどころに点状に発生した錆びが広がる様は、まるで無計画な宅地開発で田圃や畑の中にポツリポツリと出来た住宅が周囲に広がっていく様子に似ているものだと思ったものである。自然現象と人間の営みが相似しているように感じられ、昔のことながら印象に残っていることです。
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by watari41 | 2004-07-26 21:15 | Comments(2)

町の名士

 駅長さんは、かつては「町の名士」の一人でした。警察署長、郵便局長、町会議員などと並ぶ存在でした。しかし、今やわが町の駅は無人駅に近い状態である。乗客が少なくなったわけではない。仙台のベットタウンとして乗客は増えているにもかかわらずである。機械化、IT化そして合理化で駅員はどんどんいなくなってしまった。昔は20人を超える人たちが働いていた。ポイントの切り替えを行う人、単線なのでタブレットを受け取る人、そして敬礼をして列車を見送る駅長さんや助役さんなど、今や懐かしい風景が記憶に残るばかりである。
 赤字で身動きのできなくなった国鉄が民営化されて、徹底的な業務改革が行われたからである。昔のことを知っているものにとっては駅舎はそのままだが、中味はまったく違ったものになってしまったのである。
 このところ、郵政を民営化しようという動きが活発になってきている。郵便局はどんな風に変っていくのだろうか。製造業のモデルともいわれるトヨタのジャストインタイムの専門家が数百項目もの改善点を、東京中央郵便局の仕事をみて指摘したというが、競争がない業種というのは、とかく無駄な作業が多いものになりがちである。小泉首相の意欲がどこまで実現するのだろうかと思うのである。
 「町の名士」の存在というのは、古き良き時代のことであった。国や地方自治体の全面的なバックアップがあり効率などは問題にされない時代があったのである。
 現在でも独立行政法人などは、まだこんな良き時代を引きづっているのではないのかと思うようなことがある。
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by watari41 | 2004-07-25 19:31 | Comments(2)

相馬野馬追

 50年ぶりに相馬野馬追を見てきた。近くに住んでいながら案外と行く機会がなかった。早朝に駅を下りてから神社に向う途中で、威勢のいいかけ声が聞こえてくる。見ると馬上に旗指物をつけた武者がいる。戦国の装いというのは実にきれいなものである。写真や映像で見ていたものとは全く違うものを感ずる。日本人のココロに感ずる何かがある。カメラを向けてもその風景は写せても、情感が出てこない。それを見た一瞬だが郷愁を感ずる何物かがある。それを見た人だけが持ちうる感覚である。それを記録に留めることは難しい。
 この祭りを維持するのには大変なエネルギーを必要とするようだ。一年間馬を飼っておくのもほとんどこの日のためである。それを乗りこなすのも大変だ。落馬する人もいた。鎧、兜、衣装の維持など、この日の晴れ姿の為である。それはこの地区に住む人の心意気というものなのだろう。
 70騎の武者と2百人にもおよぶ徒は20kmに近い道のりをメイン会場の原町へと向っていった。
 私は、五十数年前にまだ進駐軍がいたころだったと思う、その賓客をもてなす為に、相馬城址を会場にして20騎ほどで、ミニ神旗争奪戦が行われたが、それを偶然に目にすることができて以来のことだった。
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by watari41 | 2004-07-23 16:28 | Comments(3)

専門家の見方

 冒険家の植村直巳さんがマッキンリー登頂後に消息を絶ったが、氷壁より足を踏み外してしまったという見方に、ほとんどの人はうなづいたものである。
 しかし、登山家であり医師でもある今井通子さんはある雑誌に、遭難の原因は突然の心筋梗塞に襲われたのが原因であろうと考えるとの興味ある一文を載せてていた。巷間、伝えられている足を踏みはずというようなことは、一般の登山に素人の人ならわかるが、彼がそのような初歩的ば誤りを犯すはずはありえないということなのです。突然の病気、それも通常の腹痛などではなくて、耐え難い痛みを伴うものとしては心筋梗塞に襲われたと考えるのが妥当だというのです。専門家にしてはじめて言える事だと納得してうなずいたものである。1984年の遭難で、もう20年も前のことである。同世代の人なので印象に残っている。
 似たようなことであるが、新聞、テレビに報道されることで一般の方々はそのまま記事の内容を受け取っても専門家がみてこれはおかしいと思われることが多々あるのではなかろうか。一例として「一万ボルトの電圧が流れている」という表現をよく見るが、これは正しくない。「電圧がかかっている」が正しい表現である。流れるのは「電流」である。電気工学を多少かじった私としては、いつも気になることである。
 同様に、動植物に関してやその他、いろんな専門家がいるわけであるから、その人たちがみておかしいと感ずるようなことがたくさんあるのだろうと思うものである。
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by watari41 | 2004-07-21 17:04 | Comments(5)

名宰相

 昭和20年代、当時の首相「吉田茂」さんは新聞ではさんざんに叩かれていたものです。悪評惨憺たるもので、子供心にもひどい総理大臣がいるものだと思っていたものです。それがいつの頃からか「名宰相」だったと言われるようになりオヤと思ったものでした。同様のことが「佐藤栄作」首相にもあって、在任中の評判は散々だったのですが、辞めていばらくしたらこれまた「名宰相」になっているのです。政治家にとって、在任中の評判と歴史的評価とでは180度も違ってしまうことがあるようです。
 ひるがえって、小泉首相はどうでしょうか、現在では多小支持率が落ちていますが、就任早々には80%もの支持があり、すごい人気でした。ここでハテと昔のことを思い出したのです。もしかして、小泉さんは歴史的評価は全く得られないのではなかろうかと考えたのです。日本人にとって時の政治を批判をもって語るというのは、それは正しいことで何ら責められることではないのですが、歴史がそれを間違いでしたということになると、はたして現状を正しく認識できているのかどうか疑問を持たざるを得ません。
 昨日、鈴木善幸元首相が亡くなりました。在職中は外交オンチだとかいわれて、さんざんに叩かれて辞職に追い込まれたと思いました。今朝の新聞論調は「和」の政治を目指したとか「行政改革の道筋をつけた」などおおむね好意的です。死者に鞭打たずということもあるのでしょうが、在職中にこんなことを書いてほしかったと本人は思っているのではなかろうか。
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by watari41 | 2004-07-20 19:05 | Comments(0)

うさぎ小屋

 日本の住宅は「うさぎ小屋」だと言われた時代がありました。多くの人が自嘲ぎみに卑下し自らも口にしたものでした。
 しかし、これは大変におかしなことで、昔から日本人は小さな空間に自らの「宇宙」を作ることを得意としてきたところがあります。4畳半に全ての家財道具を押し込んで、中に座っていて、手を伸ばせばすべての用事が足せることを自慢にする人がいたり、盆栽などはまさに、壮大な景色を一点に凝縮した小宇宙を形成しているのだとおもいます。日本独自のものなのではないでしょうか。
 「根付」という小さな芸術品があります。これもまた昔から日本人が愛用しており、古いものは大変な骨董的な価値もあるようです。
 また日本では、詩よりも短歌や俳句が重用されてきており、これまた短い言葉に宇宙を凝縮させようとしているのだと思います。
 外国人から言われたからといって、何も大きな家、大きな物ばかりがよいものだとはいえず、それなりの価値観や歴史的背景なども考える必要があるといえそうです。最近は、あまりうさぎ小屋という言葉もきかなくなりました。これには、フラットテレビに代表されるような、大きくても場所をとらない電気器具や携帯機器に見られるような超小型化が時代の風景を変えているのかもしれないと思ったりしているところです。
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by watari41 | 2004-07-19 17:18 | Comments(4)

日本地図

 仙台市博物館での伊能忠敬の日本大図展も今日で終わる。私は同様の展示を東京赴任の時に見ているので今回は行かなかった。江戸東京博物館で見たのだが、詳細極まる内容に驚いたものである。わが町の海岸沿いにある小さな地区名までこと細かに記載してあった。
 伊能忠敬の情熱もさることながら、幕府の強力な後押しがあったようだ。測量地に当たった各藩も協力をさせられたというが、表面上の体制は別としてありがた迷惑だったようである。防衛上、秘密にしておきたい入り江の状況など、すべてわかってしまうからである。忠敬隠密説などもあったようだ。
 忠敬の義父は仙台藩の医師であり、当地の測量に当たってはその力が大きかったのではないかと言われるが、実態はどうも違うようだと民間の歴史研究家である友人から聞いた話である。実際に宿泊した家での言い伝えなどを調べてみたいと言っていた。研究成果が楽しみである。
 地図の正確さは天体観測技術が優れていたことにあり、これもまた当時の西欧の技術と肩を並べていたようである。

(話は違うのですが、私のメールが昨夜から送受信共に不通になってしまい、プロバイダに尋ねようにも休日で困ったことになってしまった。サーバーにつながらない。いじっているうちに、昨夜来の10通以上もの到着メールを消してしまい迷惑をかけた人もいるのではないかと思い心苦しいことである。しかしグログは通常通り発信できるので便利なものである、改めて見直した)
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by watari41 | 2004-07-18 09:55 | Comments(2)