<   2004年 06月 ( 17 )   > この月の画像一覧

磁石の思い出(2)

 科学的な根拠ははっきりしていないのですが、現代人も磁石には不思議な力が宿っているのではないかと考えている人が多いようです。
 磁気ネックレスやピップエレキバンなど大流行したものです。肩こりなどに効果があるとはいってもそれは人の感覚であって科学的な裏づけがあるわけではないのです。血液中のヘモクロビンの鉄分に作用してなどと最もらしい理屈をつけたものもありますが、きちんと解明されているわけではないのです。要はつけた人が効いたと思えばいいのでして、病は気からなどということもあって、本人がそれで良くなったと感じれば磁石の神様も満足するのではないでしょうか。いささか無責任なのですが、いずれきちんとした解明がなされるものと考えております。
それにしてもエレキバンは、テープの劣化がそのまま磁石の寿命として捨てられてしまっておりますが、もったいないことなのですが製造者としてはありがたいことなのです。
 もう一つ話ですが、鮭が生まれた川に帰ることとか、渡り鳥が間違えずに元のところに戻って行けるのも、地球の磁気によるものと考えられているのですが、まだはっきりとはしておりません。磁気だけですと変動もあり、そんなに正確な方位を出せるものかと思うのですが、最近の研究では磁気によるある種の化学変化が起ってそれで位置を確認できるのだという話が出ておりましたが、これもいずれは解明されるものだと思っているのですが、近代科学は次々といろんな事象を解き明かしておりますがそれに比べると磁気の解明はかなり遅れているように感じております。
[PR]
by watari41 | 2004-06-29 17:40 | Comments(5)

磁石の思い出(1)

 戦後強くなったものは「靴下と○○」といわれたものですが、磁石も強力になりました。最新のものですと鉄板に吸い付いたものを指先の力で引き離すのは容易なことではありません。
 大正時代の初めに鉄の神様ともいわれた本多光太郎さんが、鉄、ニッケル、コバルトなどを組み合わせて、世界に先駆けて強い磁石を発明したのが、工業的な磁石の先駆けでした。それ以来、いろんな改良や開発があって、現在のものは鉄にネオジュウムという希土類元素を加えたもので、すごい強力なものです。
 30年近く前のことになりますが、一世を風靡したウオークマンが出来るときのことでした。耳の中に収まる高性能のスピーカーを作らなければならないが、そのためには今までにない小型で強力な磁石が必要だといわれました。この頃はコバルトにサマリュームというこれも希土類元素を加えたものが最強の磁石でした。この磁石がなければウオークマンの出現はずっと遅れたことでしょう。
 もう一つの思いでは、韓国でのオリンピックの少し前に出張してソウルでタクシーに乗った時のことです。スピードメーターが驚いたことに40kmから80kmの間を揺れ動いているのです。中間の60kmがその時の速度だったのでしょう。メーターの中心に磁石があり速度に応じて動くのですが、お粗末な磁石をつかったのでしょうか、うまく作動しなかったようです。現在ではもちろんそんなことはなく、強力な磁石は性能も向上させピタリと指示して動かない速度計になっているのはいうまでもありません。
[PR]
by watari41 | 2004-06-28 20:00 | Comments(5)

先見の明

 20年、30年先のことを予測するのはきわめて難しいことです。ましてやそれをピタリと当てるとなると神業みたいなことす。現在のインターネット時代がこような形で到来すると予告していた人がいました。1970年代にNECの小林社長という人が、21世紀初頭にはコンピュータと通信技術が融合して「C&C」の時代がくると多くの本を書いたり、いろんな機会に話をしたりしていたものです。
 当時は何を言っていっているのかさっぱり理解できないままにいたのですが、やがて電子メールができて、こういうことなのかと思ったのもつかのまにネット社会が急速に広がっていって、パソコンは通信手段を抜きにしては有り得ないというようになってしまいました。
 なぜ、このような予測ができたのかというと、当時、アメリカに渡って最先端の研究所などをつぶさに見学して回ったそうです。いろんな研究や開発があってもそれらが全てものになるわけではなくて、将来性のあるもの筋がいいものを見出して、そこを見抜いたということのようです。
 もちろん誰でもがこのようなことを出来るわけではなく、しっかりとした基礎的素養があって直観力が働くのだと思います。
 最近の未来予測は、超悲観的なものから楽観的なものまで様々ですが、しっかりした裏打ちがほしいものです。
 
[PR]
by watari41 | 2004-06-27 10:11 | Comments(3)

国家備蓄

 最初は石油でした。60日間の備蓄が目標でした。次が私らも係りのある国内には産出しない希少金属の備蓄がなされました。これらの価格は国際情勢に影響され、産地での紛争などが起こると価格暴騰が起こり入手するのも困難となるので、国家備蓄は的を得たものだと思ったものでした。
 かなりの蓄えができた時だったと思います。ある希少金属原料の価格急上昇が起こり始めました。我々製造業者は備蓄の放出を願ったのです。その時の高騰した相場の半値で放出しても、仕入れ値は安いので国は莫大な利益をうることができるし、我々メーカーも助かるという一挙両得なことを申し出たのですが、解答はつれないものでした。国家備蓄は儲ける為にやっているのではない。輸入できなくなったときに放出するために備蓄しているのだといういかにもお役所らしいものでした。すぐにそんな危機的な状況が生ずるわけではなかったので、折角の備蓄を使って差益を得ようとする民間的な発想は一顧だにされませんでした。
 最近では石油価格が高騰しているので、アメリカでは備蓄を放出したらの議論も高まっているようですが、大統領は拒否していると伝えられています。
 だが日本では、先日備蓄希少金属の放出が決定されたという報道がありました。もっともっと前にやるべきだったはずなのですが、ようやく実施されたなと当時を振り返り感慨深かったものです。
[PR]
by watari41 | 2004-06-26 15:28 | Comments(0)

為替介入

 為替が変動相場制に移行したのはだいぶ昔のことになります。そのときから日銀は円高(ドル安)になるとドルを買い、円安(ドル高)になるとドルを売って円相場の安定を計ってきており、そのことには何らの問題はないのですが、結果的にはドルの安い時に購入して高くなった時に売るわけですから、差益がでるはずです。それも巨額の国家資金を用いてやるわけですから、莫大な益がでているはずです。これがどのように使われているのかが、かねてからの疑問でした。
 この巨額の利益は、どうやらアメリカの国債を購入するのにあてられているということのようです。ドルの安定はすなわち国際通貨の安定につながるので有効な使われかたをしているようではありますが、日本人としては何か釈然としないところがあります。一方では年金資金として蓄えられていたこれまた巨額のお金が株価の値下がりで損失が出ているようで、おかしなことと言わざるを得ないのですが、日銀に頼んで為替での運用をしてもらったらどうなのだろうかと、素人考えに行き着くのですが、法律上は難しいことなのか、どうもよくわからないことです。
 しかし、変動相場制というのは国家資金の投入などで介入してはならないという自由経済の原則もあるので、表向きは介入はしていないことになっているのでしょう。米国のグリーンスパン議長も知ってはいることなでしょうが、介入ががあってはならないなどとの牽制球も投げているようです。
[PR]
by watari41 | 2004-06-25 09:13 | Comments(0)

財政危機

 20年ほど前に、国債が70兆円を超えた頃に、こんなに多額の借金を誰が払うのか、まさに国家財政は危機的状況にあるという本を読んだことがありました。その後10年ほどして国債残高が200兆円に達したときには、国家は破産の危機にあると言われたものです。それが今や700兆円にもなって、またまた危機だと言われておりますが、本当の危機はいつくるのかと思ってしまいます。しかし借金はいつかは返さなくてはなりません。
 もっとも手っ取り早いのは、インフレの世の中にしてしまうことだそうで、お金の値打ちを下げてしまうことのようで、財務省も究極的にはそれを狙っているといわれてますが、現状はデフレになってしまい、しばらくは国債を持っている人も安全なようです。
 戦時中の国債は、敗戦によるインフレで紙くずになってしまったそうですが、国債というのはいずれそのような運命をたどるものではないのかと思うのです。しかし現状では国債に頼ることなく、国家予算も組めないし国債を買ってもらうしかないのでしょうが、毎年30兆円くらいづつは増えつづけていくので、いずれは破滅にいたるのだろうと考えるしかありません。
 財政危機の解決方法は昔から一つしかないようで、耐乏生活というか、節約みたいで江戸時代には二宮金次郎に代表されるような方法で藩の財政を立て直した話がたくさんありますが、21世紀の世の中ではどんなことをするのか、関心を持たずにはいられません。
[PR]
by watari41 | 2004-06-24 12:05 | Comments(0)

米の価値

 年寄り曰く「昔は一日働いても米3升(4.5kg)しか買えなかったが、今やアルバイトすると2斗(30kg)も買えるそうで良い時代になったと」。私の中学の頃、50年近く前ですが就職すると一町歩の田の稼ぎがあると言われたものです。(一日当たり約7kg)
米の価値は一貫して下がり続けているようで、昔は物価の比較などに使われたことがありましたが基準にはならなくなってきたようです。
 「百石取り」というのは使用人もいる高級武士でした。現在の米価換算では年収4百万円にしかなっていません。こんなはずはありません。
 日本は農耕民族、農の基本は米であると言われてきた時代が、戦後間もなくまであったのではないでしょうか。今やすっかり様変わりしてしまい耕作する田の価値もすっかり下落してしまったのですが、どういうわけかこのところ農水省が田圃整備をやる必要があるということで、各地で一町歩(1ヘクタール)区画の工事がされています。その工事費用は土地の価格を上回っているのです。農家負担の少ないのがミソで大部分は国の負担です。しかし国債発行でやるのでしょうからいずれは国民負担となるのでしょう。最後の公共事業などとも言われてますが、米の価値の経過を考えるとおかしなことです。
 主食には変りないのですが、その重要性は薄らいでおります。しかし北朝鮮などではまだまだ高い価値を有するのだろうなどと考えているところです。
[PR]
by watari41 | 2004-06-22 15:47 | Comments(1)

味覚

 最初はオレンジだったと思います。輸入自由化が発表されるとミカン農家は壊滅するといわれたものでした。次はチェリーでした。安い米国産が入ってくるとサクランボはひとたまりもないだろうと言われました。それがどうでしょうか、今や見事に生き残っているどころか、果物におけるそれぞれの地位をしっかりと占めていると思います。リンゴにいたっては、中国、台湾への輸出を検討しているというのですから驚きです。たしかに東南アジアのホテルに泊まるとリンゴを出されることがあるのですが、日本で食べているものから比べると、これは何ですかというような味だったのを記憶してます。現地の人達も美味しいものをほしがるのは同じで、所得水準で食べれるかどうかでしかないのだと思ったものです。自由化の危機が去って、サクランボとチェリーは別の果物であるなどと自信をもって言われたのはずっと後のことでした。
 これとは別に日本人の味覚というのはまた独特のもので、外国人にはない舌があるのではないかと思うときがあります。懐石料理など昔からあるものの他に牛タンなど独自のものを作り出す能力はすごいものがあると思っています。日本に居ながらにして世界中の料理や果物に加えて、日本固有のものも口に運べる歴史上最も幸せな時代にいるという気分に浸っています。
[PR]
by watari41 | 2004-06-19 19:27 | Comments(2)

色と眼力

 現職の当時、金属製品に「黒色」の塗装を業者に依頼したところ、どの黒にしますかと聞かれて驚いた。26段階かの黒があるというのだ。言われてみれば他の色にもそれぞれ微妙な違いがあってそれぞれのレベルがあるのでしょう。
 もう一つの色経験は、東京にいたころ今頃の季節(6月)に鎌倉のアジサイ寺が見ごろだというので行ったところ、ほとんどが青色の花で、遠くから見ていささか期待が外れたが、近づくにつれて実に鮮やかで目に染みるような青いアジサイが飛び込んできてこんなにきれいな青色があったのだろうかと、あたり一面の青々を眺め心洗われる思いがしたものです。
 青色のなかの一部を見たのでしょうが、さらにもう一つ色には鮮度という段階もあるのではないのかと思ったものでした。紙に書かれた色、植物の色、魚の色など同じ色といってもみなちがうような気がします。写真にとられたものと実物ではまた色合いが異なるし、微妙なちがいを見分ける力が人間の目にはあるのだろうと思います。

 鑑定師がこの絵には力があるとか、生きているから本物だとかのことを言いますが、素人にはよくわからないことが多い。色の判別くらいはつくが、力があるかどうかについてはフシアナでしかない。本物を見分けるには経験をつんで感性を磨くしかないという。脳が関係してくるのでしょうが、いずれは科学の目と人工知能が真贋を見分ける時代がくるのではないかと思ったりしている。
[PR]
by watari41 | 2004-06-17 21:03 | Comments(3)

文化とは

 「ゴミは文化のバロメータ」と言われた懐かしい時代がありました。あれから50年、日本列島は今や大量のゴミであふれそうです。日本人の文化レベルは著しく向上したのでしょうか!。物のない戦後の時代に米国の強烈な豊かさを見せ付けられて、ゴミも出ない生活状態を自虐的に表現したものだったろうと思います。「文化」という言葉は都合のいいように使われてきたようです。なんとも響きのいい字句の感じから「文化国家の建設」だとか「文化住宅」だとか、わけの分かったようなわからないような不思議なことに使われてきて、あまりおかしいとも思ってはこなかったようです。文化勲章などもあらゆる分野の人に与えられており、精神的なものから物質的なものまで、あらゆることを網羅してしてしまう不思議な文字だと思っています。

 このところ、「企業文化」といことがクローズアップされています。M自動車が欠陥を意識的に隠蔽していたということで、会社の存亡を問われるまでになりそうです。企業が長年の間につちかってきた企業風土などとも言われておりますが、その中にいると多少のおかしなことがあっても、世間には通用しない「常識」にそまってしまう落とし穴が潜んでいるようで正常な感覚がマヒしてしまうことを経験したことがあります。これもまた大きくは文化の範疇にはいることだと思うと変な感じがしてきます。
[PR]
by watari41 | 2004-06-15 21:57 | Comments(2)