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政治力

 籠池学園騒動は何から何まで全てがおかしい。現代社会では、有り得ないと思われていたことが目の前にある。毎日、面白おかしく取り上げられている。
 「政治力」ということを再認識させられた事件である。最初の告発者がいなければ、メディアにも知られることなく開校の運びとなったのであろう。
 事があまりにも大きくなってしまえば、安倍内閣そのものが倒れてしまうということで、シッポ切りという表現を使ったのであろう。
 籠池さんという表現力のあるキャラクターがマスコミ好みなのでもあろう。最初の段階で10日間はおとなしくしててほしいと財務省に言われたそうであるが、そのぐらいの期間をおけば世の中は沈静化すると思われたのだろう。甘すぎた。

 「東」では小池さんの一人舞台だが、「西」では籠池さんと無礼者の鴻池さんと2人の主役。
いずれも「池」の人である。
 せめて湖、できるなら海であってほしい。余計なことである。

 典型的な政治力が働いたと思ったのが、ずっと前のことになるが佐川急便事件というのがあった。その発端が、法規上建築物が建てられない地域のところであった、関東のとあるインターチェンジ付近に佐川の巨大な物流センターができた。その後に、法規を調べたら、そこに例外規則のように、建物OKの文言が巧妙に付け加えられていたというのである。その時点ではあまり騒がれなかった。
 そのご、佐川事件は別の形でどんどん拡大し、当時の渡辺社長が紙袋に入った4千万円を金丸さんに渡したことや、暴力団が絡んだことで大事件となった。金丸さんの自宅捜索が行われて金の延べ板まで出てくる有名な話になった。金丸さんの話が面白かった「私のような立場になるとお金が集まってくるんですね」と平然と発言していたのには驚いた。

 最近はお金よりも、学校建設などむしろ思想関連に政治力が働く時代になりつつあるのだろう。小学校建設に関連政治家各位の暗黙の了解があったのだろう。

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by watari41 | 2017-03-16 11:25 | Comments(0)

あれから6年

 6年間というのは、長いようで過ぎてみると短いような気もする。
 漁港近くに住んでいた同級生K君は、介護度5の判定を受けて施設に入った。

 その時、2013.3.11には、彼は奥さんと出かけていて津波を見ていない。自宅は根こそぎ流され、跡かたもなくなった。実感が持てないんだよと何度も言っていた。街中の親戚の好意があって、避難所も仮設住宅も殆ど経験することなく、その点は幸運であった。

 だがショックは大きかったのだと思う。1年ほどが過ぎて軽い脳梗塞に罹った。治ったものの認知症ぎみとなってしまったのである。
 以降、ほとんど外出もしなくなってしまい昨年容態が悪化して、最悪の介護状態に至ってしまったのである。
 年令に不足はない歳といえばそうであるが、10年は早かったように思う。

 今年も追悼式典への案内状がきている。
 「震災格差」ともいうべきものがあるように思っている。もともと存在した格差がさらに拡大した。貧しきものはさらに貧しく。富者はこれを機会にさらに財を増やした人もいる。

 復興が進んでいると言われる。
 新たに開通した高架鉄道線路、駅前に広がる新規な街並み、これから大発展を遂げる東京郊外の私鉄沿線の如き姿で出現したのが宮城県山元町である。残念ながら時代が半世紀ずれてしまった。年寄りの比率がきわめて大きく、この6年間に人口の20%が減じている。

 町が目指している姿とは異なるのだろうが、高齢化社会のモデル地区が出来るのかもしれない期待がある。


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by watari41 | 2017-03-09 17:37 | Comments(0)

瑕疵担保責任

 石原元東京都知事の記者会見を見ていた。
「瑕疵担保責任」が焦点となっていた。売り手が買い手と契約を交わす場合に、その条項が最後に必ず入るものだ。筆者も在職の頃、何度か経験した。
 東京都が豊洲を購入した時に、売り手である東京ガスに対して、瑕疵担保責任を免責しているのだから、通常は考えられないことをしていた。
 石原さんは、そんな細かいことは知らなかったとおっしゃる。実はそのために東京都は後日、何百億円かを汚染対策に余分に支払う事になる。
 石原さんはメクラ判を押していたようだ。実際の推進者は、前川さんという当時の知事部局長で、議会もこれを承認しており、石原さんは印を押すしかなかったということだ。

 その前川さんは、交渉相手の東京ガスの役員に天下り7年在職する。現在は練馬区長である。偶然のことであるが筆者の購読している農業共済新聞のコラム蘭の最新号(2月28日)に前川さんが寄稿している。「練馬には生きた都市農業がある」と題して、なかなかの政治家である。事前に石原さんは、迷惑のかかる人がいるかもしれないと言ったのは、その事であろう。

 前川さんの釈明はこれからになるのだろうが、当然のことながら、知事から買収交渉を急ぐように催促され、そのようにせざるを得なかったということになるのだろう。

 最終的にどこに責任があるのかわからなくなるのが官庁である。今日の記者会見を見ていて益々その感を深くした。

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by watari41 | 2017-03-03 17:43 | Comments(0)

国家への貢献

 私の妻は10年前のことになるが64才で亡くなった。
 年金を貰う寸前のことである。国民年金の他に公務員をしていた時期があり、当時は退職時にもらうのではなくて、後年の年金用に基金(400万円くらいではなかったろうか)みたいな形でそのまま預金しておく制度があって、それを利用した。
 亡くなる直前に65才になったら、これこれ支給しますよという書面まできていた。

 民間のオンボロ会社勤務だった小生とあまり変わらぬ金額だったように思う。
 妻は、年金の種類が違うので自分が亡くなったら、そのまま夫たる私がもらえるものだと思っていた。
 ところが亡くなってから、その手続きに行ったら、現在は一人一年金であり、そういうことはありませんということでまずはガックリきた。
 ところで、最初の元金は利息が付いた状態で返してもらえるのでしょうかと聞いたところ、これまたスゲナイ。年金保険というのは、あくまでも長生きした場合の国家の保険なんです。死んだ場合にはダメなのです。全額没収されるのですと。
 理屈では確かにその通りなのだろうが、何とも割り切れない思いをしたものだ。

 考えてみたら、妻は早死にして国家に対して大変なる貢献をしたことになるのである。
 今や長寿社会である。元校長だった男は、死ねばもちろんだが、もう少し長生きすると生存者叙勲になるなどと語っていた。

 長寿はもちろん目出度いことにちがいないがいろんな側面をもっている。人の寿命はわからない。小生は出来るだけ国家に貢献したくはないと思っているのだが、あと何年生きるのだろうか。
 

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by watari41 | 2017-02-25 15:10 | Comments(4)

現場を見る

 先日、近所の人が国道6号線を通り、福島第一原発の近くを見て来た話を聞いた。
私も、常磐道を通り東京まで行ったことがあるが、高速道路は原発から7kmほどのところを走るのに対して、6号線は2kmまで近づき人家も多い。勿論のこと一般人は避難していていない。車は止まる事を許されず、通り抜けるだけだったようだが、両側には除染した廃棄物が黒い土嚢にうずたかく積まれ、異様な光景と同時に惨憺たる廃墟の如き街並みだったというのである。

 このような現場状況を実際に見たならば、二度と原発を動かそうなどということは考えられないはずだという。
 議論をしている人達も、一度はそこを通り抜けてから論戦に入ってほしいものだというのである。現場を知らずして物事を語るという事は在職の頃はよくあったものだ。現場にはたくさんの事実と知るべきことがある。テレビや新聞の報道は一部を語っているに過ぎないことが多い。

 これまでは想像でしかなかった、格納容器の中にカメラが入った。とんでもない数字とともに、最初はなかなか理解しがたい映像があった。網の上に溶け落ちた核燃料がある状態を写しているのだというが、それが何をものがたるのかは一般人にはわかりにくい。私などのレベルでは、納得するのにしばらくの時間を要した。それからゾットしたものである。

 ロボットが入ったが、途中までしか行けなかった。事故直後の話では、ロボットの開発に2年という話だったが、それでも長いと感じたが、もはや6年の歳月が過ぎようとしている。
 科学技術の開発は、通常は予定よりも早く進むものだが、放射能だけは如何ともし難いよういだ。
 その意外な副産物ともいうべきものが、東芝の経営破城である。原発の見込み違いにより兆単位の損失になるみたいだ。
 何よりも気の毒なのは、十万人にもおよぶ避難被災者である。

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by watari41 | 2017-02-17 16:49 | Comments(0)

公然の秘密

 文部科学省の天下りが大騒ぎとなっている。そんなことは昔から誰にでもわかっていたことであり、何をいまさらという感じがしないまでもない。
 過去に何度も問題化したことがあり、公式的には有能な人材の活用であって、天下りなどでは決して無いとされているが、実態を聞いて驚いた。67才の元締めの人は、年収1500万円で2度だけ生命保険会社に出勤すればOKだというのだから何をかいわんやである。

 日本の公務員に汚職が少ないのは、定年後、あるいはその直前から天国の如き天下り生活が保障されているからとも言われているが、通常の感覚では有り得ないことである。

 公然の秘密といえば、全国の市町村に官製談合の無いところはないはずである。特に土木関連では当然のこととされている。各自治体では、自分の地域内に小さくとも土建会社を残して置かないことには、いざという時に困るのである。暗黙の了解事項でもある。

 時として、その権力を必要以上に使ってしまうと、検察側も見逃すことが出来なくなってくる。天下りも個別的にはOKだが、組織的にやるとNGだというこれまた暗黙の了解があるのだろう。文部科学省はそこに、引っかかってしまったようだ。

 大きな公務員組織に入ると、70才くらいまでは何かと面倒をみてもらい、給料を頂戴できるようだ。同級生にも田舎の学校を卒業して警視庁に入った男が、定年後に所々を点々として、そんな年令以降に年金生活となったようである。

 残念ながら、民間ではそんなことは有り得ず、凄まじい競争社会であることはよく知られている通りで、新市場主義経済というのはそれに拍車をかけている。
 ギリシャの如く、国民の3割近くが公務員になってしまうと、国家は破産状態になるが日本では市囲の方々が頑張って支えているといえよう。しかしいつかは持ちこたえられなくなる時がやってくるのだろう。

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by watari41 | 2017-02-13 21:03 | Comments(0)

人間の純度

 先日、詩人「中原中也」の番組を見ていたら、コメンテータが「純度の高い人」であったからこそ百年後の現代人の心にも響くと話していた。
 「人間の純度」という表現に新鮮な驚きを感じた。純粋な人間というのは稀にいる。こんな人は周囲と妥協できず、どちらかと言えば孤立しがちだ。
 喜びを率直に表しすぎ、悲しさを最後の最後まで訴えるからである。
 純粋さと同時に発想力や表現力を兼ね備えていなければ、後世には忘れ去られてしまう。

 弘法大師空海は、後継者と頼む若い弟子に先立たれた。その追悼に「悲しいかな」ああ「悲しいかな」と繰り返し繰り返し書いている。それ以上の表現方法はないのであろう。空海は厳しい修行を行ったとされる。それは「人間の純度」を高めるためのものであったのだろう。
 現在でも、千日回峰とか極限の修行が、人間の不純物を追い出すと考えられているのであろう。生きながらにして仏様になる、即身成仏という言葉がある。僧侶は「悟り」を得た人というが、一般的にはよくわからない。現代風に表現するなら純度100%になったということなのであろう。
 名僧・高僧と言われる方々が到達した境地なのだと考えている。

 この世には筆者などの如き、不純物に満ち満ちた人が大多数派のはずである。
 現代のお寺さんは、便利なことに死ねば誰でも仏様として扱う。つまりは存在が無くいなったのであるから、不純物もまた無くなったのである。
 筆生凡人の極めて乱暴な解釈であるが、当たらずとも遠からずと思っている。
 

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by watari41 | 2017-02-05 15:47 | Comments(0)

横綱:稀勢の里

 「一日千秋」の思いとは、こういうことを言うのだろうと実感した。
 大勢の日本人と同様に、稀勢の里に一喜一憂していた。実力はあるのだが、このままで終わるのではなかろうかとも心配していた。
 「持続する力」を出し切れずにいた。
 白鵬を63連勝でストップさせた快挙もあった。そのままいけば100連勝くらいしそうな勢いのあった時の出来事である。今場所の白鵬は、確かにピークを過ぎている。

 日本人の若物が力士を目指すことは、かつてからみれば大幅に減少した。サッカーをはじめとしたプロスポーツの人気が高くなった。運動神経抜群の人材がそちらに流れている。
 従って学生相撲出身の力士が多くなっている。
 そんな中での稀勢の里は珍しい存在でもあった。
 学生のレベルが上がったのか、大相撲の実力が低下したのかはわからないが、かつては学生横綱でも三段目程度の力士に稽古をつけてもらっていたそうだ。解説で有名だった神風さんと同時代の玉の海さんが話していたことを記憶している。
 今や最強学生は十両下位程度の力がありそうだ。

 来場所からは安心して相撲放送を見ていられそうだ。
 筆者は、一度だけ蔵前国技館の時代に本場所を見たことがある。若島津が幕内に上がってきたころである。彼は親方としても、定年に近いのではなかろうか。物言いの際に土俵に上がる姿は、頭も薄くなったベテラン審判員である。

 もう一度、土俵をみたいものだが、かなわぬ夢になってもかまわないくらいの今回の稀勢の里の快挙である。
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by watari41 | 2017-01-22 20:22 | Comments(0)

何がファーストなのか

 小池さんは都民ファースト。
 トランプさんは米国ファースト。
 かつての小池さんはアスリートファーストなどという言葉も使っていた。
 何となく恰好よく聞こえる。

 しかし、言葉の裏を考えると自分さえ良ければOK、他のことはどうでもいいとも解釈できる。オリンピックの負担金をめぐって小池さんと他の知事がもめている。よく考えれば元々は我々の税金なのである。こんなことがテレビに大きく出るようではおかしい。
 自分本位でないと我慢がならないというのは小児的なことだが世界的にまん延している。

 トランプさんは、とにかくおかしい。極端にいうと、しゃにむに歴史の歯車を逆に回そうとしている。そういうことは有り得ない。大変な歪をもたらす。
 自己ファーストなのは間違いないだろう。 
 いずれアメリカは何らかの形で爆発することになるかもしれない。
 
 プーチンさんはトランプさんの弱みをすっかり握ってしまったらしい。見るからにスキャンダルにまみれていそうな人だ。
 金儲けの上手なことにかけては右に出る者がないのだろう。マネーファーストで生きて来た人のようだ。
 大袈裟には、そういう人に世界の運命が握られてしまう。アメリカで苦しくなった白人層から支持を受けている。かつての繁栄を取り戻そうということなのだが、半数の人達が苦しくなってきている。
 1%の富裕者が米国の富のかなりを占めている。日本もそのようになりつつある。
 アメリカの如くならんと懸命に追いかけてきたが、トランプさんの後を追随するのは止めてほしいものだ。
 宮城県吉岡には映画化された「殿利息でござる」の如き、他者ファーストの人が実在したのである。

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by watari41 | 2017-01-15 21:05 | Comments(0)

高年過労死

 過労による自死は、若い人だけに起こるものではない。
 年末に知り合いの64才女性が亡くなった。被災者の一人でもあった。元気の良いオバサンであった。それゆえに一族から頼りにされ、本人もそれを引き受けていた。

 町内ではあるが、10kmほど離れたところに住んでいる共稼ぎ夫妻の娘の子供達(孫)の面倒を見るため、免許を持っていない彼女は、公共の交通機関を乗り継いで通っていた。
 彼女夫妻は県外からの人である。30年ほど前に我が町に居を定めたのである。
 県外にある実家は農家である。百歳に近い母親が健在である。その末娘だった。
 農繁期になると、実家に何泊かで手伝いに行くのであった。

 稼ぎ手の実家の長兄が病に罹った。大病院がよかろうと仙台の病院に入院した。それをもまた、一番近いところにいる自分が面倒をみなければと思い実行していた。
 あれもこれもと、見ているこちらが気の毒になるほどだった。しかし元気一杯だったので、乗り切るのだろうと思っていたのである。

 責任感が強く、義理固かった彼女は精一杯頑張ったのであろうが、次第に追い詰められていったのであろう。鬱になってしまった。
 筆者は震災後に彼女を知ったのであるが、こちらは被災者支援のつもりだったが、どちらが慰められているのかがわからないくらいだった。

 高齢者と言われる層が元気になり、65才ではなく75才からを高齢者と呼ぶようにしようとの案が出されている。おおむねはそのような傾向であることは間違いない。
 しかし身体機能は確実に衰えてきている。無理は禁物なのである。
 先日、お寺さんに伺ったら檀徒総代の定年を75才にしましたという。町内の各地域毎に20人ほどの総代がいる。責任総代を除きそのようにしましたと、同級生でもある坊さんは自分から率先して、息子に住職を譲りましたと言う。
 年配者は往々にして総代を辞めたがらない。しかし相当に怪しい人が多かったんだと言う。
 年寄りだと、自分で口では言うものの、まだまだ大丈夫と思っている筆者もその一人である。気をつけたいものだ。
 

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by watari41 | 2017-01-09 17:37 | Comments(0)