或る女流作家の死

 我が町内会に一人の女流作家がいた。セミドキュメンタリーを得意としていた。渡部琴子さんという、彼女は両親が亡くなってからは一人住まいだった。琴子さんの死が確認されたのは盆の終わりだった。推定死亡日は8月5日とある。気ままに生活していたので、近所では誰も気づかなかった。享年62歳。

 彼女は普段から酒量が多かった。ウイスキーをあおり昼は寝ているという生活もあった。作家というのは、太宰治をはじめ、無頼な生活に陥ってしまう人が多いのは、どういうわけだろうか。深く自分を見つめていくとそういうことになってしまうのだろうか。

 代表作は「平野政吉」新潮社、副題は(世界のフジタに世界一巨大な絵を描かせた男)である。
 秋田の富豪である平野政吉氏がフランスから帰国していた藤田嗣治画伯に昭和12年に「秋田の行事」という巨大な絵を描かせた物語である。渡部琴子さんの文体は読みやすい。インターネットでその名が出てくる。何かの文学賞も得ている。

 彼女は離婚後に帰ってきたが、その生活態度は、田舎では到底受け入れられるものではない。父親が町の有力者でもあったので、高い教育を受けたことも影響しているのだろうか。早稲田と慶応で哲学を学んでいる。
 
 上記作品にも書いてあるが、若い頃に東京の酒場で飲んでいて当時から著名人である劇作家・山崎正和さんに議論をふっかけたそうである。ヨーロッパを旅してみたがどうのこうと言ったようだ。山崎氏は、あなたは東北人のようだが、秋田の「平野政吉美術館」に行ってみなさい言われたそうだ。そこで、「平野政吉」を知りフジタに巨大な絵を描かせた人物とはどんな人だったのかを調べ始めたのだという。その成果が上記の代表作である。

 渡部さんには、何冊かの著作があるが、いずれもスケールの大きな男を取り上げている。「籠に収まらない鳥もいる」という信州でベンチャー企業を立ち上げた人も面白い。
 
 私の家からは、琴子さんのところまで10軒ほどしか離れていない。残念なことだった。
 ある時、雑誌を読んでいたら、どこかの女将が金持ちでもつまらない人と結婚するんだったら、活力のある男の愛人でいたほうが良いという記事があった。琴子ちゃんもこんなことだなと言ったらうなずいていたものだ。

 代表作「平野政吉」の帯封にこんなことが書いてある。哲学者・キエルケゴールの言葉である。
「喜劇的な障害も、悲劇的な障害も恐れはしない。ぼくが恐れるたった一つのものは退屈な障害だけだ」

 そんな彼女も次は地元の領主、伊達成実を書くんだと言っていたものだ。
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Commented by michiko at 2009-08-23 09:06 x
文学や哲学を追求された方達は凡人とは別世界の思想で生きていらっしゃるようですから孤高の人になられてしまうのですねぇ。でも、きっと自分の考えを理解してもらえる方にめぐり会いたかったでしょうね。
Commented by watari41 at 2009-08-23 14:43
 別世界の人、まさにそんな感じですね。しかし酔ってしまえば誰れかれとなく話があうんですね。ここに来てからは、そんなことで気をまぎらわせていたこともあったのでしょうね。離婚前に、ご主人とは通じあえたようですが、義母がその生活態度を許してくれなかったと著作にありました。
Commented by schmidt at 2009-08-24 10:49 x
 作家の仕事をイメージするたびに思うのは、書いたものを世に出す仕組みに乗れるかどうかが大変なことなんだろうなあ、ということです。自営業者みたいな部分が相当あって、創作活動と異質な事柄にも耐え抜く必要があるような気がします。
Commented by watari41 at 2009-08-24 15:00 x
 日本には、おそらく何万人もの自称・作家という人達がいるんでしょうね。本を出版しそれが全国的に売れていくまでには、運もあるでしょうし大変なことなんですね。彼女の出版物も、我が町の本屋さんに平積みされてましたが、いくら売れたのだったでしょうか。職業としてみた時に専業でやっていくまでは大変なことなんですね。 schmidt さん、コメントをありがとうございました。
Commented by ようこ at 2009-08-24 15:22 x
渡部琴子さんという作家のことを初めて知りました。
歳も近いだけに、記憶に残ります。
平野政吉さんの名前は覚えていなくとも、藤田嗣治さんが秋田に行った時お世話になった人がいらしたことは聞いています。

今、藤田嗣治画集の中の「秋田の行事」を見ました。本当に大きな作品ですね。大きな画集ですが、さらに4ページを使っています。

レオナール・フジタ展は、初日に行ってきました。数ヶ月前から、楽しみにしていた絵画展です。

平野政吉さんは、フジタの絵画を日本に残すという偉業を果たされましたね。さらに平野政吉さんの業績を、書かれた渡部琴子さんという作家が亘理に暮らしていらしたなんて・・・。ひ孤独な作業の作家も、いろいろと繋がっているものですね。

ご冥福をお祈りします。

Commented by watari41 at 2009-08-24 16:23 x
 タタミ26枚分の絵であると、Wikipediaにも記載され、世界で一番だろうこと、そして渡部琴子さんのことも同時に記載されておりますね。平野さんは、昭和46年に亡くなりますが、最後は自分の家屋敷を抵当に入れてフジタの絵を買うんですね。
レオナール・フジタの展示では、平野美術館が世界で最も充実していると言われますね。

 ようこさんは絵画に興味をもっていたんですよね。ほんの小さな町内会ですが、いろんなつながりありますね。コメントをいただきありがとうございます。
Commented by watari41 at 2009-08-25 09:35
 岡本太郎の「明日の神話」という壁画が発見され、こちらの方がはるかに巨大ですね。渋谷駅に展示されているそうですが、私はまだみてません。単純に大きさを比較すべきことなのかどうかわかりませんが、やや老化しつつ記憶をたぐりよせました。
 我が町の役場に死亡を広報誌に記載すべきだろうと電話したところ、対象者は町長や長老だけで、芸術家その他はふくまれないとのこと。そうでないと自薦・他薦が沢山出てきますよね。
Commented by クオリア at 2009-08-25 14:36 x
文学者の生き様は特異で私のような凡人には理解できませんが人生の老病死について深く考えているのでしょうか 自死や情死も多いですね。作品が書けなくなった時が終わりのような気もします。
また病死も多いですね 自暴自棄の生活が文学のネタを生みだしているような面もあるのでしょうか 音楽家もしかり 芸術とは人間の「生と死」を描いていると思っています。芸術家の方々は自分の思うように生きそして死を迎える。うらやましく思うこのごろです。
Commented by watari41 at 2009-08-25 16:48
芥川龍之介・有島武郎・川端康成しかりですね。我々とは見ている世界が異なるような感じがしますね。三島由紀夫の割腹しかりです。文学的行為なのか、右翼的人生の結末なのか、どうもよくわかりにくいですね。絵画の世界でもゴッホやゴーギャンなど、凡人には理解しにくい行動ですが後世には大芸術家として評価を受けているんですね。魂のおもむくままに行動しているんですね。そして作品を生み出す。我々はそんなことはできないですね。クオリアさんコメントをありがとうございます。
Commented by さいのめ at 2010-08-04 02:55 x
少しだけ、渡部さんに関わった者です。いまは海外住まいだということもあって、遅ればせながら、彼女の死を知りました。彼女の藤田の仕事はとてもよいものであったと思います。何度か東京でお会いするチャンスもあったはずなのですけど、会えずじまいでした。ご冥福をお祈りいたします。
Commented at 2012-02-07 14:34 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented at 2012-08-23 17:54 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by oki at 2013-08-06 11:41 x
渡部琴子さんには興味がありました。既にお亡くなりになっていると知って。残念です。生き方も好きです。
「籠の中に収まらない鳥もいる」と言う本の存在を知って必死に探しました。書店「絶版です」、電子書籍「ありません」。やっと、古書で購入。
当時、この本の主人公は注目されていました。「ソアー」の名前も有名でした。が、突然の倒産。この本で裏側の事情が良く分かりました。
彼女の類似の本が読みたかった。
Commented by watari41 at 2013-08-06 17:05
彼女に関わりのあった方が、相当数いるようですね。
okiさんのお蔭で、私も一年半くらいぶりに、自分のこのブログを広げました。未公開希望のコメントも3件ほどあり失礼をいたしてしまっております。
いずれご返事を差し上げます。「ソアー」は信州にて私も存じている会社でした。コメントをありがとうございます。
Commented by 田口 克美 at 2016-09-29 13:46 x
渡部さんにご教示いただいた秋田魁の元記者です。大分前から音信不通でした。亡くなっていたとは驚きです。ご冥福を祈ります。当方が送ったきりたんぽを喜んでくださり、亘理町に遊びに行く約束をしていたのです。著作のほか、アル中気味で、大学が同窓であることなどを除けば、彼女のことはよくは分かりません。差し支えない範囲で、彼女のことを教えていただければ幸いです。ひとり供養したいと思います。よろしくお願いいたします。
Commented by watari41 at 2016-09-29 16:19
2012年にコメントをいただき、返信すべきところ、すっかり忘れいたことに気がつきました。大変に失礼いたしてしまいました。ブログの記載が2009年の8月25日で、それから間もなくの9月1日に、彼女のことが秋田魁の社説に記載されているのですね。彼女(渡部琴子さん)に関心をお持ちの方は、大変に多いことに近所の一人として驚いております。
実は、近所住まいながら、彼女のことは小生が多少上の年代だったこともあり、ほとんど何にも知らないと同様なのです。
住んでいた家を整理するのに、立会人みたいなことで入り蔵書の多さにびっくりしたものです。やがて解体され、今は大震災で被災された方が相続者である彼女の姉から購入し住んでおります。
大学で彼女の同級生だったという男のコメントも、このブログに非公開であったのですが、忘れているうちに、仙台に住む彼女の姉と連絡がつき、わが町の墓参りをしたというようなことも聞きました。
今は海外に住む、知り合いの方からのコメントもいただいたこともあります。
彼女の姉から、名刺もいただいているのですが、どこかにしまい忘れました。何ともたよりないことです。
田口さん、とりあえずの連絡です。
Commented by 田口 克美 at 2016-09-29 22:00 x
コメント拝読。ありがとうございます。渡部さんの印象はひとことで言えば「女傑」。何回かにわたるやり取りを思い出します。平成20年(2008年)元旦、亡くなる一年半前の年賀状には「今年は私の年です。還暦。リフォーム元年。人生、これからから」とありました。文筆家らしい端正な文字で。彼女を登場させた秋田魁の社説は、2009年9月1日付ではなく、その年の1月11日付ですから、亡くなる前です。2012年の問い合わせは失念しました。この時のやり取りを当方のアドレスに添付送信していただければ、と思います。
Commented by watari41 at 2016-09-30 21:05
田口さんのアドレスがわかりません。わたしのアドレスを記しますので。メールください。返事を差し上げます。
watari275@hotmail.co.jp

彼女の先生が存命なのです。そのクラスに3名の天才的女子生徒がいたというのです。そのうち2名が文筆で全国的に有名になったと。
もう一人は、5年ほど前に漱石の草枕を研究して発刊し、司馬遼太郎賞を受けた女史がいるのです。
我が町役場に凱旋というのもおかしいのですが、名古屋からやってきたのです。
また、偶然のことから渡部さんの写真を多数預かっていたのですが、これまた、しまい忘れか廃却してしまいました。
東京在住の小生の後輩の同級生が、雑誌社で渡部さんの編集を担当していて、受賞記念パーティをやった時の写真で、亘理に縁があるならお前に預けると言われ、その後輩も、もてあまして小生に送ってよこした写真でした。
by watari41 | 2009-08-21 21:43 | Comments(18)