伊達家の財政事情

 仙台藩に1700年代当時「萱場木工」という人がいた。「出入司」という役(現代なら会計課長といったところか)に40歳頃その役職を務めていた。この人はその頃としては珍しく89歳まで長生きして、5,6,7代の3藩主に仕えた。健全財政家として終生変わらぬ信念を持っていた。「売米」だけで藩の財政を維持すべきだというのである。豪商からの大名貸などの借金はもっての他であるとの持論だった。
 萱場木工が80歳にもなってから40年前のことを思い起こして、その時の「出入司」で俊才といわれた「阿部清治」宛に当時の回想と江戸で聞きとめたことや健全財政への思いを記した書面が左に示す「萱場木工、阿部清治に多簡の事」というものだ。

 この内容が実に面白い。池波正太郎の小説を思わせるところもあれば、現代と変わらぬ様相などを読み取れるところがあって興味がつきないものだ。そのごく一部を紹介しよう。
 
 a0021554_10444475.jpg「私が出入司に付いた頃、すでに仙台藩は借金財政に陥っていた。原因の一つに5代目吉村公の奥方は毎年の費用が7万両であったが、6代目宗村公の奥方になると13万両にも膨らんだのだ。(吉村公は京都の久我家より、宗村公は徳川家の姫であったことによるようなのだ)
大藩なのであるから囲い金があってしかるべきだがこれもない。(囲い金とは現代風にいえば領収書のいらない金ということで、藩主の掴みがねということらしい)
 また藩米は江戸で最も多く売られているが単価が安い。四国のさる銘柄のものと比べ1/5でしかない。(現代なら魚沼産コシヒカリと北海道産米の差異みたいなものが江戸時代にもあったのだ)
 そんなこんなで、新藩主が初入府する時には、貴賎をとわずお祝いに撒きがねをするのだがこれもできなかった。かといって、おかしなことをやってもまずい。幕府からの取り潰しにあってしまう。その頃、美濃国の大名が突然改易になった。理由は伏されていないが、こんな裏話があった。江戸近くの茶屋に立派な侍が忘れ物をした。風呂敷包みを開けると葵御紋の箱が出てきた。これは大変と名主から代官そして老中へと、箱が開かれること無く届けられたということだ。幕府に知られてはまずい美濃国大名の機密事項が書かれてあったそうだ。(現代でいえば内部告発であり、幕府の最高幹部へそのまま書類が届くうまい方法だ)」

 そんなこんなのことが書いてある古文書の解読講演を聞いた(11月10日)
仙台郷土研究会(歴史研究団体で戦前より存在)主催で、講演者は会員の日下さんで、あまりに面白すぎ、現代風俗にも酷似しており、ほんとかいな思いながら解読したとのことだった。歴史小説家というのは、こんなところからヒントを得るのだろう。
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Commented by クオリア at 2007-11-16 17:20 x
今昔・変わりが無いのは政治家・豪農・
労働の結晶の汗は報われないのはいつの世も同じなのですね。

八幡神宮や多くある神社仏閣の多くは庶民の税金で作られ・権力者だけが美味い物を食べていたのですね。

現代も同じ・大臣様は防衛の財源まで私用してるのですね。

今日は妻の高血圧の薬とインフレインザの薬代一万札でないと払いませんでした。

昔の庶民の歴史資料は無いものかと思うのですが すべてがお殿様の物語が残されておるのですね 

現代に酷似してるとゆうことは庶民の今の状況なのだとおもいました。
Commented by watari41 at 2007-11-16 20:19 x
 ごく普通の一般人が、当時はどんな思いで生活していたのかをしりたいものですね。この書面には、困窮した農民が仙台藩の南部では隣藩である、相馬藩に直訴していると書いてあります。
つまりは、仙台藩に直訴しても握り潰されてしまうので、相馬藩から幕府にその声が届けばというようなことだったようです。
 萱場さんは、つまりそいうことが仙台藩にとっては命とりになりかねないのだと、はるか後輩の阿部清治さんに諭しているのです。
クオリアさん、コメントをありがとうございました。
Commented by michiko at 2007-11-18 10:53 x
古典文学を読んだりこ古文書を読解する楽しみは、きっと 
今の世と昔も変わらぬ事を発見することも その一つなのでしょうねぇ。
Commented by watari41 at 2007-11-18 15:41 x
 残念ながら、古文書を読み解く力がないので、解読されたものを聞くしかないのですが、いろいろと面白いことがわかりますね。michiko さんコメントをありがとうございます。
by watari41 | 2007-11-16 10:47 | Comments(4)