鯨と米国

 アメリカ繁栄の礎を築いたのは、意外にも捕鯨だったというのである。
 もちろん鯨肉を食べたわけではない。マッコウクジラの「鯨油」である。頭が特殊な形をしているが、そこに沢山の油が詰まっているようだ。
 19世紀中頃の産業機械が大量の油を必要とした。アメリカは世界中のマッコウクジラを取りまくった。ペリー艦隊が日本に来たあたりが最盛期だったようだ。年間の捕獲数が百万頭ともいわれ、絶滅寸前までいったのだという。
 そうなると、マッコウクジラが少ないのだから船を出しても採算が合わずに当然のことながら捕鯨は中止になった。
 丁度、その頃に油田が発見されて、鯨油は必要とされなくなった。

 ジョン万次郎が、嵐に遭い漂流の末に絶海の孤島に流れ着き、アメリカ捕鯨船に発見され救い出されたのも、当時のアメリカは世界中に捕鯨船を出していたからである。

 歴史上タイミングがよかったとされる日本の開国も、アメリカ捕鯨船の補給基地を日本に求めたからに他ならない。

 日本にも、もちろん近海捕鯨が江戸時代より盛んになるが、漁師の人力によるものである。一頭が捕獲できれば頭から尾びれまで、余すところなく利用された。
 捨てるという概念がない。何かに利用できないだろうかと考えるのが日本人である。

 牛タンもそんなことだった。仙台が意外なことで有名になっている。先日一番丁三越の近くを歩いていたら、田舎から出て来たようなオバサンに声をかけられた。このあたりに牛タンで有名な利休庵はどこでしょうかと尋ねられた。私も名前は聞いたことがあるが、田舎から出てきているのでわからないんですと答えてしまった。

 昼食の時間だったので、近くの一杯飯屋に入ったらサラリーマンで込んでいた。棚にある焼き魚と野菜、それにドンブリご飯で500円だった。
 50年前だと沢山の鯨肉も並んでいたはずだ。今の世の捕鯨反対をアメリカは歴史的経緯からそんなには叫んでいない。

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by watari41 | 2017-04-22 16:33 | Comments(0)