東芝の破綻

 「想定外」というのは、自然界だけではなくて人間界にも起きる。
東芝が破綻するなどとは誰も考えたことが無かったに違いない。シャープの時もそうだった。日本航空の時だって想定外の出来事だった。

 織物などと同じように、一端のほころびがでると、瞬く間に何も無くなってしまうことがある。
 だが東芝に幸いなのは、フラッシュメモリーという巨大な資産が残っていた。総額2兆円ともされる。この製品がUSBメモリーとして世に出た時は驚いたものだ。フロッピイーディスクはたちまちにして駆逐された。
 最初の発明者は舛岡さんという筆者などと同世代の人である。この人は発明をさらに発展させたかったようだが、当時の東芝では煙たがられたようで、50才の頃に棚上げの昇格人事を嫌って退職した。その後に東北大学教授などとして研究を続けていたことはよく知られている。東芝はそのメモリーの売り上げを伸ばしたので、後に特許料を請求する裁判を起こして1億円近いものを得たのも話題になった。舛岡さんの如き二匹目のドジョウを狙ったのであろう。東芝ではその後、東北大の学生を積極的に採用するようになったという話がある。

 現在の時価である2兆円などとは想定外であったろう。舛岡さんは年令を重ねるにつれ各種の勲章をもらっているが、発明の大きさからするとまだまだ少ないようだ。
 何よりも東芝を救うことになるかもしれない巨額である。

 その売却先も間もなく明らかになるであろうが、今度は国家の安全保障という想定外の難問が待ち受けているかもしれない。
 ずっと昔のことになるが、潜水艦のスクリューで東芝がやり玉に上がったことを記憶されている方も多いと思う。あまりにも精密な工作機械がソ連に輸出され、スクリュー音の出ない潜水艦が出来て、大問題になり就任したばかりの社長が責任を取らざるを得なかったことがある。いろんなことで記憶される会社である。

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by watari41 | 2017-04-02 21:11 | Comments(0)