高年過労死

 過労による自死は、若い人だけに起こるものではない。
 年末に知り合いの64才女性が亡くなった。被災者の一人でもあった。元気の良いオバサンであった。それゆえに一族から頼りにされ、本人もそれを引き受けていた。

 町内ではあるが、10kmほど離れたところに住んでいる共稼ぎ夫妻の娘の子供達(孫)の面倒を見るため、免許を持っていない彼女は、公共の交通機関を乗り継いで通っていた。
 彼女夫妻は県外からの人である。30年ほど前に我が町に居を定めたのである。
 県外にある実家は農家である。百歳に近い母親が健在である。その末娘だった。
 農繁期になると、実家に何泊かで手伝いに行くのであった。

 稼ぎ手の実家の長兄が病に罹った。大病院がよかろうと仙台の病院に入院した。それをもまた、一番近いところにいる自分が面倒をみなければと思い実行していた。
 あれもこれもと、見ているこちらが気の毒になるほどだった。しかし元気一杯だったので、乗り切るのだろうと思っていたのである。

 責任感が強く、義理固かった彼女は精一杯頑張ったのであろうが、次第に追い詰められていったのであろう。鬱になってしまった。
 筆者は震災後に彼女を知ったのであるが、こちらは被災者支援のつもりだったが、どちらが慰められているのかがわからないくらいだった。

 高齢者と言われる層が元気になり、65才ではなく75才からを高齢者と呼ぶようにしようとの案が出されている。おおむねはそのような傾向であることは間違いない。
 しかし身体機能は確実に衰えてきている。無理は禁物なのである。
 先日、お寺さんに伺ったら檀徒総代の定年を75才にしましたという。町内の各地域毎に20人ほどの総代がいる。責任総代を除きそのようにしましたと、同級生でもある坊さんは自分から率先して、息子に住職を譲りましたと言う。
 年配者は往々にして総代を辞めたがらない。しかし相当に怪しい人が多かったんだと言う。
 年寄りだと、自分で口では言うものの、まだまだ大丈夫と思っている筆者もその一人である。気をつけたいものだ。
 

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by watari41 | 2017-01-09 17:37 | Comments(0)