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余日録


by watari41

健康寿命

 先日、集団検診の後で老医師からの講話があった。健康寿命に関する体験談を聞かせられた。50年も前に秋田に勤務の頃に20代後半で脳溢血に倒れた男が現在も存命なのだという。奥さんは看病の過労で早死にしてしまい、娘の世話になっていたが、それも看病疲れで倒れ、今は孫娘が世話をしているのだという。医療技術が向上し、寿命が延びた陰にそんな悲惨な現実もあるというお話だった。

 私の住んでいる隣町のことだが、医療費の総額は町の予算の半分にも達するのだという。しかも年々増え続けている。一例として80歳の老人が骨折して2カ月間入院した実例があった。医療費の総額は200万円で自己負担は6万円なのだという。すなわち老人が転んで怪我をしたりすると、本人の身体的痛みにも増して大変な財政負担が生じるということだった。逆にいうと現在の日本はとてつもない福祉国家であるともいえる。

 個人負担が意外に少ないことは、まだ高齢者ではない私も病気入院をしたことで身をもって経験した。
 寝たきりになって、介護度の高い人は別として日常生活に不自由のない人は、できるかぎり健康でいて医者の世話にならないようにしてほしいとの願いがある。

 「健康寿命」を延ばすことは、本人のためはもちろんだが、これからは国家的課題になっていきそうである。
Commented by akiyama at 2005-07-25 12:02 x
健康は宝。若い時から家庭やボランテイア活動などで、不健康な人の実態を見せて人生を考えさせたらよいのでは?男の場合、厄年(42歳)以後、健康維持を考えたら遅いと想います。
「明日の健康は今日創られる」を深く意識して、何事も真剣に対処する。
冷酷な表現ですが、縄文時代のように自然に回帰したほうがよいのでは
ありませんか?延命医療は私は反対意見です。…だから…その日、その日を、懸命に生きる……
Commented by watari41 at 2005-07-25 20:17
 豊齢研究会という我々と同年代の方々が属する仙台の研修組織の会員が、老人介護施設を見学した体験談を聞きましたが、その驚くような実態に言葉を失ったということですが、私などもそんなに遠い先のことではなくなりました。
 縄文時代のように自然な命をまっとうするのが正しいのでしょうが、現代社会のしがらみ、命への執着心などなかなか難しいことですね。
  akiyama さんコメントをありがとうございました。
Commented by ようこ at 2005-07-26 05:52 x
ほんとうに、介護についてはいろいろな経験をしましたが、高齢者はギリギリまで、自立できるように頑張ることだと思っています。でも、最後は気力も体力もなくなりますが、その期間はなるべく短くしたいと思っています。
「自然な命をまっとうする」のがいいですね。超高齢になると次第に食が細くなってゆきますが、現在の医療は食べ物が飲み込めなくなると、栄養補給を管でできるようになるし、いろいろ難しい問題をかかえています。
Commented by watari41 at 2005-07-26 09:54 x
 国民医療費の総額は30兆円にも達するそうで、国家予算の三分の一ですが、これを多いと思ってはならないとの論調があるのです。
 人の命は大事なものなので、折角授かった命なのでそれに費やすお金を惜しんではならないというのです。それよりも葬儀費用に費やす15兆円ものことを考えるべきだということなのです。これこそ無駄ではないのかと。いろんな考え方がありますね。
 ようこさんコメントをありがとうございました。
by watari41 | 2005-07-24 21:32 | Comments(4)