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余日録


by watari41

午年に思う

 大正13年生まれ、元国鉄マンだった人から聞いた話である。その方が入社したのは太平洋戦争勃発の頃、軍馬の輸送をやらされた。貨車一両に馬一頭が乗せられ、一人の人間がつきそい、船に乗る軍港到着まで馬の世話をするのだという。餌をやる、水を飲ませる、排泄物の処理をする。馬の体調を崩したらえらいことになるので、それは大変なことだったらしい。今の時代の人はおかしく思うかもしれないが、馬が主役だった時代の最後の頃である。

 今や競馬は賭け事でしかないが、その始まりは、より優秀な軍馬を生み出すには競争させるのが一番だということでスタートしたものだと言われる。凱旋門賞が世界最高峰のレースとされるのも、ナポレオン、あるいはそれ以前ルイ王朝からの伝統の賜物なのであろう。

 日本にも当然のことながら競馬がやってきた。仙台にも昭和35年に廃止されるまで競馬場があったのを記憶している。東北では何故か、福島・水沢・山形上山だけに残存した。

 馬が大好きという人は結構多い。在職の当時はそんな話題が多かった。東京にいたころ、誘われて府中競馬場にもよく通った。新宿の場外馬券売り場に並んだこともある。品川の仙台坂にいたころは、大井競馬場あたりを散歩コースとしたものだ。その手前には厩舎が立ち並び独特の臭いがあった。
 もちろん、大当たりなどしたことがない。
 「馬で金儲けしたヤツないよ、スイスイスダラダッタ・・・」と、植木さんの歌が流行した頃だったろうか。

 奇妙なことに馬の名前をよく覚えている。「キタノカチドキ」この馬を買っていた男は早死にしてしまった。仙台の工場では馬好きの男が福島に連れて行ってくれた。ネザーランドという馬が強かった。

 私が入社の頃は、百馬力のモーターとか、どれほどの力があるかという表現で馴染み易い言葉だったことを回想している。今や死語に近い。

 次の午年のあたりには、東北から競馬場が姿を消すのかもしれないと思ったりしている。
Commented by schmidt at 2014-01-16 10:35 x
競馬場には行ったことがないんです。天気のいい日に行ってみたいと主思っています。十二支がもう一回りするころ、この国はどうなっているんでしょうね。
Commented by watari41 at 2014-01-16 13:11 x
福島競馬場では中央の芝生に子供の遊び場があったりして、結構楽しいものでした。
あと干支一回りで、戦争体験者もいなくなる可能性がありますね。
体験者がある意味、抑止力になっていた感もありました。schmidtさんコメントをありがとうございます。
Commented by ようこ at 2014-01-17 20:30 x
仙台競馬場があったことは聞いたことがあります。たしか前に住んでいた所に近かったような気がします。
今住んでいる近くには、馬場があり、たまに散歩に行って、乗馬している姿を眺めます。「かっこいいなあ!馬に乗ってみたい」と、思いますが匂いが苦手で、実行できていません。
Commented by watari41 at 2014-01-18 17:47 x
記憶も曖昧ですが飯田団地がその跡ではなかったでしょうか。競馬場前というようなバス停もあったような。
ようこさんの現お住いは高級団地だったと思いますが、馬事公苑の如きものがあるのですか。馬上は気持ちがいいようですが、臭いは何ともなりませんね。コメントをありがとうございます。今日はサロンにて新年会がありました。
by watari41 | 2014-01-15 21:11 | Comments(4)