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余日録


by watari41

あ・うん

 向田邦子さんのテレビドラマを思い出す。中年男のひそかな片思い物語だった。フランキー堺、杉浦直樹さんらが好演していた。だが、作者は間もなく台湾の航空機事故で亡くなった。30年も前のことになる。何度も再放送された。印象に残るドラマの一つだった。

 昔から「あ・うん」は、大きなお寺の山門の左右に立つ「仁王像」である。口を閉じた「あ」像、口を閉じた「うん」像、その力強さは見る物を圧倒する。同等の強さを持たなければならない。

 「あ」は、すべてのものの始まりでもある。人は生れ落ちた時に、オギャーとなき、口を明け息を吸う。死する時は口を閉じる「ん」である。人生そのものでもあり、お寺では入る時と出る時に当たる。境内は全世界なのである。
 「あ・うん」は、日本人にとっては、宇宙そのものでもある。ひらがなは良くできている。「あ」から始まり「ん」で終わる。
 神社では狛犬の「あ・うん」である。

 向かい合う仁王像の「あ・うん」は、始まりと終わり以外に、それ自体で「あ・うん」の呼吸をも表す。全てを了解したということだ。何とも良い表現である。

 我が町にも「仁王像」が入ってきた。代々の藩主が祭られている格式高いお寺である。檀家の多額の寄付があったのだろう。京都の仏師の製作だという。お寺自体が文化財だが、さらにハクがついた。

 向田ドラマは、昭和初期の設定で、現代の時代環境とはことなる。「あ・うん」の呼吸で、全てが了解される雰囲気があった。新しい仁王像を見ながらそんなことを考えていたが、現代社会は、全てを語りつくさねば、相手に理解されない時代である。私も話し方教室に通っている。講師は地元民放の有名アナウンサーだった人だ。
 人は自分に都合の良いように聞いてしまうものだという。万人に誤解のないように伝えるのは、難しい技なのである。

Commented by クオリア at 2010-08-20 12:40 x
>人は自分に都合の良いように聞いてしまうものだという。万人に誤解のないように伝えるのは、難しい技なのである。<
同感ですね!これが人間
Commented by watari at 2010-08-20 21:36 x
玉虫色の決着などというのは、まさにそうですね。どからみても都合の良いように解釈される。これは前進ではないですね。クオリアさんコメントをありがとうございます。
by watari41 | 2010-08-17 20:18 | Comments(2)