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余日録


by watari41

形状記憶合金

 30年ほど前になるだろうか、米国帰りの東北大の先生から珍しいものをお見せいたしましょうとの電話があった。早速出かけてみると、直径3mmほどの線材が糸ハンダみたいに柔かくてグニャグニャと曲がる金属だった。ハンダはくすんだ色だが、それは明るい色をしていた。
  何ですか?と改めて尋ねた。先生はコップにお湯を汲んできた。その中に折れ曲がった金属線材を入れたところ、瞬間的にピンと真っ直ぐに伸びて硬くなったので驚いた。
 この金属は、元の形状を室温以上で記憶している「形状記憶合金」なのだという。後に一世を風靡することになるというのはややオーバーな表現かもしれないが、「形状記憶」という言葉は大いに流行した。私はこの金属を日本で最初に見た民間人の一人になるのだろう。

 先生は、この材料の特許が間もなく終了するのです、現在の米国での用途は限られたものだけだと言うのだ。それは航空機の燃料配管接合時の継ぎ手なんです。と語る。銅のパイプ同士をつき合わせて、液体が漏れないようにする継ぎ手である。その合金で作った継ぎ手をマイナス200℃もの液体窒素で保管しておき、使用する時に取り出して接続すると、それはもう完璧な継ぎ手になるのだという。日本では他に何か使い道があるのではなかろうかというのである。

 早速に、線材を半分ほどと、文献をいただいてきた。この材料はニッケルとチタンを原子比率でほぼ50:50にした合金である。非常に加工の難しい金属なのである。

 紆余曲折があったが、この材料は携帯電話のアンテナに使われた。旧いタイプの携帯を持っている方は、細いアンテナが付いていて、弾力性のある金属がそれである。最新型の携帯は、アンテナが本体に印刷されているのだから、もうこの分野での出番はなくなるはずだ。
 もう一つは、医療用でカテーテルのガイドワイヤーである。0.5mmほどの線材だ。強くてしなやかなのが特長である。思い出に残る材料の一つで、またひとつ懐かしい回想に浸った。 

 

Commented by カラミンサ at 2010-05-17 16:58 x
「形状記憶合金」というタイトルを見て伺いました。
私の父は、その昔東北大でこの分野の仕事をしていました。この先生……というのは父のことではないとは思いますが(笑)、私にも、よくお湯に針金を入れて元に戻る様子を見せてくれたなぁ~となつかしく思い出しました。
Commented by watari41 at 2010-05-17 20:48 x
 奇縁なことですね。恐らくはそうなのでしょうね。その後何人かの先生方が研究に加わって、各方面への発展がとげられたのです。こちらは、もっぱら飯の種とさせてもらったのです。カラミンサさんコメントをいただきありがとうございます。
Commented by moai at 2010-05-19 13:03 x
30年前の話ですか、東北大学は金属の分野では日本一でしたね。さすがwatariさん世界先端の情報に接していたわけですね。最近たまたま大阪大学の塑性加工の大家であられる小坂田先生の講演を聞くチャンスがありました。先生は力学や材料力学がこのように中世のイタリアからドイツ、フランス、イギリスと経てアメリカ、日本が現近代台頭してきた歴史を述べられたあと「いま日本は国際会議への発表件数では地位を保っているが、権威ある国際誌への投稿は少なくこのままでは情報発信でとりのこされガラパゴス化される心配がある」とのお話、実業界は技術の流出を心配している一方で学者先生は国際的孤立化を恐れる話、対比して興味深く感じたものでした。watariさんの記事からこんなことを思い出しました。
Commented by watari41 at 2010-05-19 19:44 x
20年近く前のことになりますが、仙台で秋の塑性加工学会が開かれたことがありました。我々民間人にも参加を呼びかけられ、東北の代表的企業に呼びかけて、協賛発表会をやったのです。今から考えるとお恥ずかしい限りです。最終日のパーティーに9.22豪雨という歴史的な雨があったので、忘れられない日でした。その時に旗を振っていた男が現在J1ベガルタ仙台の社長です。当時は圧延によって制御された高張力鋼板の時代だったでしょうか。今も実業界は新幹線を含め技術の流出を心配してますね。しかしどこからか漏れていくんですね。当時も週末にひそかに韓国に出てゆく人がいたなどという噂が絶えなかったことを思いだしております。moaiさんコメントをありがとうございます。
Commented by クオリア at 2010-05-20 14:38 x
東北大学は素晴らしい先生がおられ世界にその研究論文を紹介されておられますねまた産業にも指導されて産学一体で大きな成果をあげておられることは感動いたします。家庭用LED電球となって販売され環境改善に大きな役割をはたしております。watari41 さん現役時代の活躍本当に感謝いたします。先生の息子さんも喜んでおられ良かったですね。
Commented by watari41 at 2010-05-20 21:57 x
 実学を旨としているんですね。私はずっと後に知ったことですが、同じ時期にソ連も同様な材料を研究しているんですね。スパイがアメリカ軍の情報を執拗に追いかけていたことはよく知られておりましたが、こんな分野にもと思ったものです。ソ連はそれから独自の研究に発展しているんです。いろんなことを思い出します。クオリアさんコメントをありがとうございます。
by watari41 | 2010-05-17 11:04 | Comments(6)